そう答えた千鶴も、同じ場所から動こうとしなかった。
ふたりはしばらく、なにもない広間を眺めていた。
田尻はまた絣を着た子を思い出し、それに引っ張られて高校時代の自分が登場して、担任の顔や友人たちとの馬鹿話や別のクラスの女子をこっそり写真に収めたことなどもいちどきに蘇ってきた。あの日と同じ空気を吸っているせいか、その記憶は、いま呼吸をしているくらいに鮮明で、田尻は胸がきゅうっと狭くなるのを感じた。
「あの、田尻さん」
千鶴の声で我に返る。ふりむいて、彼女の顔を見て、この人はここになにを見るのだろうかと想像する。たとえば十年後、ここで座敷わらしを待っていた男のことを思い出してくれるだろうか。
「はい」と田尻はこたえる。
「できるだけ、素敵に紹介してください、うちのこと」
「はい」
「世界中に、自慢したいんです」
はは、と顔をほころばせてから、田尻は言う。
「大役ですね」
実感をこめて言うが、さっきの、千鶴の言葉を使うことはもう決めていた。ずっとここにあるところ、という答えを。
作:中山 智幸
※この物語はフィクションです。
そう答えた千鶴も、同じ場所から動こうとしなかった。
ふたりはしばらく、なにもない広間を眺めていた。
田尻はまた絣を着た子を思い出し、それに引っ張られて高校時代の自分が登場して、担任の顔や友人たちとの馬鹿話や別のクラスの女子をこっそり写真に収めたことなどもいちどきに蘇ってきた。あの日と同じ空気を吸っているせいか、その記憶は、いま呼吸をしているくらいに鮮明で、田尻は胸がきゅうっと狭くなるのを感じた。
「あの、田尻さん」
千鶴の声で我に返る。ふりむいて、彼女の顔を見て、この人はここになにを見るのだろうかと想像する。たとえば十年後、ここで座敷わらしを待っていた男のことを思い出してくれるだろうか。
「はい」と田尻はこたえる。
「できるだけ、素敵に紹介してください、うちのこと」
「はい」
「世界中に、自慢したいんです」
はは、と顔をほころばせてから、田尻は言う。
「大役ですね」
実感をこめて言うが、さっきの、千鶴の言葉を使うことはもう決めていた。ずっとここにあるところ、という答えを。
作:中山 智幸
※この物語はフィクションです。