「元禄の間」では興奮さめやらぬままに、武将隊のショーが幕を閉じていた。
 時刻は午後八時に近くなり、ちいさい子供を連れた家族のなかには、帰宅の準備を進めるものもいた。
 明るくなった場内でマイクを手にステージにあがった千鶴は、大勢のお客様を前に挨拶をはじめた。
「こんばんは。御花の社長の宗高千鶴と申します。本日は、私どもの夏祭りにお越しいただき、ありがとうございました。また、思いがけない悪天候に見舞われ、お客様にもご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」
 そこで深く頭をさげた。
 一呼吸はさんで顔をあげた千鶴は、話を続けた。
「おもてなし武将隊の皆さまにも、御礼を。もう一度、おおきな拍手をお願いできますか」
 お客様の拍手喝采の中、千鶴は会場の隅に立つ武将たちに頭を下げた。
「それで、このあとなんですが、花火を予定しておりました。さきほどまで皆さまがいらっしゃった芝生ガーデンが、雨はあがったんですけど、地面はまだ濡れていて、足場がよくないんですね。ですから、花火はあがるんですけど、別の場所から見ていただければと思います。一階に大広間がございます。先日まで、一年間の修復工事を行っていた部屋です。お時間のある方は、このあとそちらに移動していただき、花火をご覧いただければと思います。ただ、もう少し準備に時間がかかるみたいなので」
 千鶴はマイクを下げて、咳払いした。
「失礼しました。えーと、すみません、まさか自分が今日、お話をさせていただくとは思っていなくて。大広間、そう、大広間の話です。一年をかけて、修復工事を行ってきました。畳、壁、床、見えるところから見えないところまで全部、手を入れました。見た目は変わらないように、だけどこの先の百年を強く、美しく、保つための工事です。私は御花で生まれて御花で育ったので、工事が始まる前は寂しい気もしていました。大袈裟って思われるかもしれませんが、自分が知ってる大広間という空間が、そっくりそのままどこかへ行ってしまうような。だから、こう考えるようにしたんです。親しい人を一年間の留学に送り出すんだって。そう思ったら、少し楽になりました。それと同時に、こうも思ったんです。同じ一年間で、自分たちだって変わっていかなければ、って」
 そんな話をするつもりではなかったのに、どこからか言葉たちがやってきた。自分でもびっくりするのと同時に、たしかにそう考えたことが思い出された。私たちも変わっていかなければ、と。
 で、どうだった?
 マイクを握ったまま、自分自身に問いかけた。
 どうかな。
 答えを探すように場内を見渡し、スタッフたちの顔を確かめていった。
 ひとりずつ、個別に面接をしたときの会話が蘇る。
 あるいは、日々の仕事のなかでのやりとりが。
 経営者という立場から、スタッフの変化は日頃から可能なかぎり見ているつもりだった。
 だけど、知らないことも多い。
 知らないことのほうが、きっと、ずっと、多い。
 一年間。
 過ぎてみればあっという間で、だけど長くて濃密な時間。
 みんな、なにかしら、どこかしら、変化している。
 自分は、どうだろう。
 御花は、どうだろう。
 変われただろうか。
 よくなっているだろうか。
「大広間の改修工事は、次の百年のための工事でした。次の百年。それは、ただ続いていくというだけではなく、これから先をどんなふうに歩んでいくか、その覚悟を決める節目にもなりました。ですから私も目標を掲げたんです。『世界の御花になる』という目標です。大風呂敷を広げたなって言われることもありますけど、でも、案外そうでもないんですよね。世界の御花になるっていうのは、世界中のどちらからお越しになっても楽しんでいただける、思い出になる、そういうおもてなしであったり、そういう場所であったりを目指すということですから。いまでも海外から多くのお客様にお越しいただいています。世界の御花といっても、御花という場所は、ずっとここにあって、この建物が、この土地が、世界をめぐるわけではありません。だから、言葉が大きいだけで、やっていることは従来とあまり違わないのかもしれません。でも、それでもやっぱり、私は、世界の御花を目指したいんです。自分たちから宣言するだけじゃなくて、ここを訪れた皆さまから、そうおっしゃっていただけるよう。ここで過ごしていただいた時間を、それぞれの方の記憶として持ち帰っていただいて、それぞれの方の言葉で伝えていただけたら、そこに、道ができるはずです。御花につながる道が世界に広がっていって、それが、つまり、世界の御花の在り方かもしれなくて。その実現のためにも、一日、一日を大切にして、次の一日、次の一週間、次の一年、次の百年と、つないでいきたいんです」
 あー、なんかきれいごと。
 突然、冷めた自分が顔を出して、千鶴は下唇を軽く噛んだ。
 そんなの、外に向けて言うことじゃないよ。自分たちの胸の中にとどめておいて、サービスとして表に出ていくものでなければ。
 そう。そのとおり。
 でも、言葉にしないと伝わらないこともある。
 宣言しないと、消えてしまう覚悟だって。
 大広間が一年間の留学を終えて、あんなに美しく、たくましくなって戻ってきたのだ。
 自分たちも負けていられない。
 すっ、と息を吸い、背筋をのばした。
「というわけで、これからも、御花をよろしくお願いします」
 万雷の拍手を浴びながら、千鶴は深々と頭をさげた。

    「元禄の間」では興奮さめやらぬままに、武将隊のショーが幕を閉じていた。
 時刻は午後八時に近くなり、ちいさい子供を連れた家族のなかには、帰宅の準備を進めるものもいた。
 明るくなった場内でマイクを手にステージにあがった千鶴は、大勢のお客様を前に挨拶をはじめた。
「こんばんは。御花の社長の宗高千鶴と申します。本日は、私どもの夏祭りにお越しいただき、ありがとうございました。また、思いがけない悪天候に見舞われ、お客様にもご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」
 そこで深く頭をさげた。
 一呼吸はさんで顔をあげた千鶴は、話を続けた。
「おもてなし武将隊の皆さまにも、御礼を。もう一度、おおきな拍手をお願いできますか」
 お客様の拍手喝采の中、千鶴は会場の隅に立つ武将たちに頭を下げた。
「それで、このあとなんですが、花火を予定しておりました。さきほどまで皆さまがいらっしゃった芝生ガーデンが、雨はあがったんですけど、地面はまだ濡れていて、足場がよくないんですね。ですから、花火はあがるんですけど、別の場所から見ていただければと思います。一階に大広間がございます。先日まで、一年間の修復工事を行っていた部屋です。お時間のある方は、このあとそちらに移動していただき、花火をご覧いただければと思います。ただ、もう少し準備に時間がかかるみたいなので」
 千鶴はマイクを下げて、咳払いした。
「失礼しました。えーと、すみません、まさか自分が今日、お話をさせていただくとは思っていなくて。大広間、そう、大広間の話です。一年をかけて、修復工事を行ってきました。畳、壁、床、見えるところから見えないところまで全部、手を入れました。見た目は変わらないように、だけどこの先の百年を強く、美しく、保つための工事です。私は御花で生まれて御花で育ったので、工事が始まる前は寂しい気もしていました。大袈裟って思われるかもしれませんが、自分が知ってる大広間という空間が、そっくりそのままどこかへ行ってしまうような。だから、こう考えるようにしたんです。親しい人を一年間の留学に送り出すんだって。そう思ったら、少し楽になりました。それと同時に、こうも思ったんです。同じ一年間で、自分たちだって変わっていかなければ、って」
 そんな話をするつもりではなかったのに、どこからか言葉たちがやってきた。自分でもびっくりするのと同時に、たしかにそう考えたことが思い出された。私たちも変わっていかなければ、と。
 で、どうだった?
 マイクを握ったまま、自分自身に問いかけた。
 どうかな。
 答えを探すように場内を見渡し、スタッフたちの顔を確かめていった。
 ひとりずつ、個別に面接をしたときの会話が蘇る。
 あるいは、日々の仕事のなかでのやりとりが。
 経営者という立場から、スタッフの変化は日頃から可能なかぎり見ているつもりだった。
 だけど、知らないことも多い。
 知らないことのほうが、きっと、ずっと、多い。
 一年間。
 過ぎてみればあっという間で、だけど長くて濃密な時間。
 みんな、なにかしら、どこかしら、変化している。
 自分は、どうだろう。
 御花は、どうだろう。
 変われただろうか。
 よくなっているだろうか。
「大広間の改修工事は、次の百年のための工事でした。次の百年。それは、ただ続いていくというだけではなく、これから先をどんなふうに歩んでいくか、その覚悟を決める節目にもなりました。ですから私も目標を掲げたんです。『世界の御花になる』という目標です。大風呂敷を広げたなって言われることもありますけど、でも、案外そうでもないんですよね。世界の御花になるっていうのは、世界中のどちらからお越しになっても楽しんでいただける、思い出になる、そういうおもてなしであったり、そういう場所であったりを目指すということですから。いまでも海外から多くのお客様にお越しいただいています。世界の御花といっても、御花という場所は、ずっとここにあって、この建物が、この土地が、世界をめぐるわけではありません。だから、言葉が大きいだけで、やっていることは従来とあまり違わないのかもしれません。でも、それでもやっぱり、私は、世界の御花を目指したいんです。自分たちから宣言するだけじゃなくて、ここを訪れた皆さまから、そうおっしゃっていただけるよう。ここで過ごしていただいた時間を、それぞれの方の記憶として持ち帰っていただいて、それぞれの方の言葉で伝えていただけたら、そこに、道ができるはずです。御花につながる道が世界に広がっていって、それが、つまり、世界の御花の在り方かもしれなくて。その実現のためにも、一日、一日を大切にして、次の一日、次の一週間、次の一年、次の百年と、つないでいきたいんです」
 あー、なんかきれいごと。
 突然、冷めた自分が顔を出して、千鶴は下唇を軽く噛んだ。
 そんなの、外に向けて言うことじゃないよ。自分たちの胸の中にとどめておいて、サービスとして表に出ていくものでなければ。
 そう。そのとおり。
 でも、言葉にしないと伝わらないこともある。
 宣言しないと、消えてしまう覚悟だって。
 大広間が一年間の留学を終えて、あんなに美しく、たくましくなって戻ってきたのだ。
 自分たちも負けていられない。
 すっ、と息を吸い、背筋をのばした。
「というわけで、これからも、御花をよろしくお願いします」
 万雷の拍手を浴びながら、千鶴は深々と頭をさげた。