松濤館二階「元禄の間」では着々とステージの準備が進められていた。
 披露宴さながらに円形テーブルも配置され、冷たい麦茶やジュース、熱い緑茶などが用意された。仕切りの壁がはずされ広々した空間となった「元禄の間」に屋台の道具も運ばれてきた。ビールやラムネ、パックに入れた焼き鳥やポテトフライなども販売が再開され、子供たちのためにヨーヨー釣りのビニールプールも運び込まれていた。最初から屋内でのお祭りだったかのような空間ができあがり、人々の笑顔も自然さを取り戻していった。
「皆さま、お待たせしました。おもてなし武将隊の準備が整ったようなので、引き続き、ショーをお楽しみください」
 御花スタッフによるアナウンスを受け、場内の照明が次第に暗くなっていった。
 御花社長である宗高千鶴が戻ってきたのは、武将隊の面々がステージに登場したときだった。千鶴はすぐに細田を見つけ、そこに至るまでの経緯を聞いた。
「ごめんなさい。もっと早く戻ってくればよかった」
「なに言ってるんですか。大切な会議だったんでしょう? そちらは私たちで代打が務まるものじゃない。社長には社長の仕事を果たしてもらえればいいんです」
 細田の堂々たる口ぶりに、千鶴は脱力した笑いを浮かべた。
 青色の光に照らされたステージ上で武将たちが刀や槍などを手に、豪胆な踊りを見せていた。見事な殺陣に、ときおり、拍手がわきあがる。背後から見ていた千鶴にも、お客様たちが心から楽しんでくださるのがわかった。
 千鶴が御花に帰り着くころには雨も勢いを弱めつつあった。でもこの様子じゃ、花火は無理だろうか。そんなことを思案しながら、千鶴は「元禄の間」をあとにして、一階の裏口から外へ出た。
 雨は、ほぼ、あがっていた。
 午後七時をまわり、雲のおかげで空は暗くなりつつあったが、西の方角には空に溶けたような淡い明るさがまだ残っていた。
 地面は濡れ、そこここに水たまりもあった。芝生ガーデンでは数名のスタッフが敷物の撤去にあたっていた。
 予定では、翌日の日曜日もお祭りを開催することになっている。新生大広間の披露イベントも併催されるので、今日以上の賑わいになるだろう。ビニールシートはともかく、ゴザは使えないかもしれない。日曜の天候も晴れの予報だったが、同じような雨に見舞われないとも限らないだろう。考えて、決めなくてはならないことが山積みだ。
「みんなおつかれー」
 元気な声を発しながら、千鶴はガーデンに入っていった。
「ありがとね、雨対応」
 言いながら、ビニールシートの撤去を手伝った。
「社長、今夜の花火は、どうしますか」
 女将の結月が近づいてきて、尋ねた。姉妹だからか、それとも責任ある立場からの発想なのか、考えることが似ていて、千鶴はほっとする。
「花火師の方は、あげることはできるっておっしゃってますけど」
「そっか。でもここ、ぐしゃぐしゃだもんね」
 例年であれば、水上ステージでのイベントが終わり、空がオレンジから紫にグラデーションを見せたあと、藍色に沈んでいく。そのあとで、芝生ガーデンから花火を眺める。星の姿が見えはじめてくるころ、壮麗な花火を打ち上げて、夏の夜空をただのキャンバスに変える。でも、すくなくとも今夜は、ここに座ったりはできないだろう。あーあ、とつい声が出てしまう。せっかくの花火なのに、どこから見たら……。
 ぐるりと周囲に目を巡らせる途中、千鶴はふと動きを止めた。
「ねえ、大広間を使うっていうのは、どう?」
 花火は御花を囲むお堀の向こう岸で打ち上げる。それならば、大広間の縁側から松濤園越しに眺めるのも風情があるだろう。
 そんなイメージが、千鶴と結月、ふたりの脳裏に、言葉を介することなく共有された。

     松濤館二階「元禄の間」では着々とステージの準備が進められていた。
 披露宴さながらに円形テーブルも配置され、冷たい麦茶やジュース、熱い緑茶などが用意された。仕切りの壁がはずされ広々した空間となった「元禄の間」に屋台の道具も運ばれてきた。ビールやラムネ、パックに入れた焼き鳥やポテトフライなども販売が再開され、子供たちのためにヨーヨー釣りのビニールプールも運び込まれていた。最初から屋内でのお祭りだったかのような空間ができあがり、人々の笑顔も自然さを取り戻していった。
「皆さま、お待たせしました。おもてなし武将隊の準備が整ったようなので、引き続き、ショーをお楽しみください」
 御花スタッフによるアナウンスを受け、場内の照明が次第に暗くなっていった。
 御花社長である宗高千鶴が戻ってきたのは、武将隊の面々がステージに登場したときだった。千鶴はすぐに細田を見つけ、そこに至るまでの経緯を聞いた。
「ごめんなさい。もっと早く戻ってくればよかった」
「なに言ってるんですか。大切な会議だったんでしょう? そちらは私たちで代打が務まるものじゃない。社長には社長の仕事を果たしてもらえればいいんです」
 細田の堂々たる口ぶりに、千鶴は脱力した笑いを浮かべた。
 青色の光に照らされたステージ上で武将たちが刀や槍などを手に、豪胆な踊りを見せていた。見事な殺陣に、ときおり、拍手がわきあがる。背後から見ていた千鶴にも、お客様たちが心から楽しんでくださるのがわかった。
 千鶴が御花に帰り着くころには雨も勢いを弱めつつあった。でもこの様子じゃ、花火は無理だろうか。そんなことを思案しながら、千鶴は「元禄の間」をあとにして、一階の裏口から外へ出た。
 雨は、ほぼ、あがっていた。
 午後七時をまわり、雲のおかげで空は暗くなりつつあったが、西の方角には空に溶けたような淡い明るさがまだ残っていた。
 地面は濡れ、そこここに水たまりもあった。芝生ガーデンでは数名のスタッフが敷物の撤去にあたっていた。
 予定では、翌日の日曜日もお祭りを開催することになっている。新生大広間の披露イベントも併催されるので、今日以上の賑わいになるだろう。ビニールシートはともかく、ゴザは使えないかもしれない。日曜の天候も晴れの予報だったが、同じような雨に見舞われないとも限らないだろう。考えて、決めなくてはならないことが山積みだ。
「みんなおつかれー」
 元気な声を発しながら、千鶴はガーデンに入っていった。
「ありがとね、雨対応」
 言いながら、ビニールシートの撤去を手伝った。
「社長、今夜の花火は、どうしますか」
 女将の結月が近づいてきて、尋ねた。姉妹だからか、それとも責任ある立場からの発想なのか、考えることが似ていて、千鶴はほっとする。
「花火師の方は、あげることはできるっておっしゃってますけど」
「そっか。でもここ、ぐしゃぐしゃだもんね」
 例年であれば、水上ステージでのイベントが終わり、空がオレンジから紫にグラデーションを見せたあと、藍色に沈んでいく。そのあとで、芝生ガーデンから花火を眺める。星の姿が見えはじめてくるころ、壮麗な花火を打ち上げて、夏の夜空をただのキャンバスに変える。でも、すくなくとも今夜は、ここに座ったりはできないだろう。あーあ、とつい声が出てしまう。せっかくの花火なのに、どこから見たら……。
 ぐるりと周囲に目を巡らせる途中、千鶴はふと動きを止めた。
「ねえ、大広間を使うっていうのは、どう?」
 花火は御花を囲むお堀の向こう岸で打ち上げる。それならば、大広間の縁側から松濤園越しに眺めるのも風情があるだろう。
 そんなイメージが、千鶴と結月、ふたりの脳裏に、言葉を介することなく共有された。