無事に病院へ着いた葵は、分娩室前のベンチでひとり、天井を眺めていた。
予定日より一カ月以上も早い。
——初産はたいてい予定日より早まるらしいよ。
出産経験を持つ友人から仕入れた知識を蘇らせた葵は、その情報にすがりついた。佐知子の苦痛が「たいてい」の範疇に収まるもので、子供も無事に産まれてきますように、と。
分娩室へ続く自動ドアが開いて、青い手術着らしきものを着た男性が出てきた。目を真っ赤に、頬をほころばせている若い男性は、啓太ではなかった。
時計を見ても、病院に到着してどれくらいの時間が経過したのかまるでわからない。スマホを出して誰かに連絡を取ろうかとも考えたものの、誰に、何を言えばいいのか、いくら考えても言葉が浮かんでこなくて諦めた。
そうこうするうちに、葵は眠ってしまった。
肩をゆすられて、目を開けた。
葵の前に啓太が立っていた。
「すみません、お待たせして」
「生まれました?」
慌てて葵は体を起こした。
「いや、あの、陣痛じゃなかったみたいで」
「え? え?」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
事態が飲み込めずに、葵はベンチから立ち上がった。
「佐知子さんは?」
「眠ってます。目が覚めて、状態に問題がなかったら帰ってもいいそうです」
そうか。そうなんだ。
先に頭が理解して、あとから心が追いついてきた。
よかった。無事なんだ。
もう一度、ベンチに座った。啓太も隣に腰を下ろした。
「ありがとうございました。あの、運転」
言われて、病院までの道のりを思い返した。
「信号、ぜんぶ青でした」と葵は報告した。
移動中のことを啓太はまるでおぼえておらず、信号について語る流れで葵は自分の名前の由来についても話して聞かせた。
「じゃあ、うちの子も祝福されてるってことですかね」
啓太の質問に、そうですよ、と葵は自信たっぷりに肯定した。
「ぜったい、そうですよ」

無事に病院へ着いた葵は、分娩室前のベンチでひとり、天井を眺めていた。
予定日より一カ月以上も早い。
——初産はたいてい予定日より早まるらしいよ。
出産経験を持つ友人から仕入れた知識を蘇らせた葵は、その情報にすがりついた。佐知子の苦痛が「たいてい」の範疇に収まるもので、子供も無事に産まれてきますように、と。
分娩室へ続く自動ドアが開いて、青い手術着らしきものを着た男性が出てきた。目を真っ赤に、頬をほころばせている若い男性は、啓太ではなかった。
時計を見ても、病院に到着してどれくらいの時間が経過したのかまるでわからない。スマホを出して誰かに連絡を取ろうかとも考えたものの、誰に、何を言えばいいのか、いくら考えても言葉が浮かんでこなくて諦めた。
そうこうするうちに、葵は眠ってしまった。
肩をゆすられて、目を開けた。
葵の前に啓太が立っていた。
「すみません、お待たせして」
「生まれました?」
慌てて葵は体を起こした。
「いや、あの、陣痛じゃなかったみたいで」
「え? え?」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
事態が飲み込めずに、葵はベンチから立ち上がった。
「佐知子さんは?」
「眠ってます。目が覚めて、状態に問題がなかったら帰ってもいいそうです」
そうか。そうなんだ。
先に頭が理解して、あとから心が追いついてきた。
よかった。無事なんだ。
もう一度、ベンチに座った。啓太も隣に腰を下ろした。
「ありがとうございました。あの、運転」
言われて、病院までの道のりを思い返した。
「信号、ぜんぶ青でした」と葵は報告した。
移動中のことを啓太はまるでおぼえておらず、信号について語る流れで葵は自分の名前の由来についても話して聞かせた。
「じゃあ、うちの子も祝福されてるってことですかね」
啓太の質問に、そうですよ、と葵は自信たっぷりに肯定した。
「ぜったい、そうですよ」
