「みなさん、ご友人でいらっしゃるんですか?」
「ええ。金沢から来たんです」とカメラの持ち主が答える。
「金沢から? それは、遠路お越しいただいて、ありがとうございます。じゃあ、撮りますよ、はい」
 チーズ。
 念のため、もう一枚、シャッターをきった。
 確認を頼むと、こちらに近づいてきながらジャケットの男性は顔を横にふった。
「大丈夫ですよ。カメラの持ち方でわかります」
「え?」と藤野はやや驚きをこめて返した。「持ち方、ですか?」
「ええ。撮り慣れているでしょう? カメラ、ご趣味ですか?」
「私ですか? いえ、そんな」
「構え方がね」と男性は受け取ったカメラを藤野に向けて構える。「よくできていました」
 脇を締め、右手はグリップを掴みながら、左手はレンズを底から支える形で添えてある。
「ああ、それは、父に教わったんです」
 自分の答えにくすぐったくなる。その瞬間に、シャッターをきる音が聞こえた。
「お父様?」
「はい。父がカメラ好きで、ときどき、撮らせてもらってたんです」
「なるほど。三つ子の魂、というやつですね」
「そうですね」
 うなずきながら、藤野は久しぶりに父親の顔を思い起こした。目の前にいる男性と、そう変わらない歳だ。新幹線とローカル線とを乗り継いで数時間かかる土地に暮らす両親には、しばらく会っていない。たまに電話で母親と話すと、郷愁の念が、心に隠したプールにぽん、と飛び込んできて、しばらく消えない波紋を残していく。
「お元気ですか、お父さんは」とジャケットの男性が質問した。
 ええ、と藤野はこたえた。
 いっしょに来ているのは地元で小学校からの友人たちだと男性は教えてくれた。彼は新婚旅行で九州をまわったらしく、そのときに柳川も訪れ、御花にも立ち寄った。結婚したての妻を写真にたくさんおさめましたよ、とはにかんだ。景色はいくらか変わったけれど、ここにある空気は変わりませんね、と言われ、藤野も誇らしい気持ちになった。
「今日は、あいつらにここを見せたくて、お邪魔しました」
 売店の方へ歩いていく友人たちを眺めながら、男性はまたカメラを構えた。レンズの中で機械がまばたきして、持ち帰られる景色が増える。
「冬になると、庭の方の池に氷が張るんですけど、それがここでいちばん好きな光景なんです」
「きれいなんですか?」
「それもあるんですけど、鴨たちが氷に気づかなくて、頭をぶつけたりするんです。それが、かわいらしくて」
 男性は、ふむ、というような声を挟んで「それじゃ、こんどは冬にうかがいましょう」と言った。
 そうして会話を交わしていると、藤野さーん、と元気な声が飛んできた。宗高千鶴社長だった。濃紺のパンツスーツに、右手には書類の挟まった赤いバインダーを持っている。松濤館から出てきたところで、まだ二十メートルは離れている。挨拶をするには遠い。しかし、電車を待っているときに線路を挟んだ向かいのホームに知合いを見つければ、社長は運命の相手を見つけたように相手の名を呼び手を振るだろう。ドーム球場の一塁側と三塁側であったとしても、そうするのではないかという想像が浮かび、藤野は口元をゆるめて「おはようございます!」と元気に返した。
 社長に近づきながら、ポケットにしまっていた紙を取り出し、広げた。
 満面の笑みを浮かべてこちらにやってくるその表情に、これってやっぱり社長じゃないかな、と思って藤野は颯爽と歩く社長と写真を見比べる。御花の娘、伯爵の血を継ぐ人物であれば、幼少期の写真が残っているのは不思議ではない。実際、膨大な資料の中には先代社長の赤ん坊時代の写真も含まれている。
「なになに、なに見てるの」
 隣まできた宗高社長が興味津々で紙を覗きこむ。
「あ、かわいい、なにこれ、なんの写真? あ、わかった、あれでしょ、ブログに使うつもりでしょ。で、これ、誰? あー、お蔵がある。懐かしい。あ、ちょっと待って、いつごろの写真かあてるから。うーん、わかった、70年代! そうでしょ? 違う?」
「惜しいです」
「え、違うのー。わたしの子どものころくらいだと思ったのに」
「80年代ですね。お客様からいただいた写真で、アルバムの区分は80年代でした」
「でもかわいいねー、この子。すごく嬉しそう。ねえ、お父さんかな、お母さんかな。写真ってさ、やっぱり撮る人も映るんだよねー。嬉しいなー、ここでこんなふうに楽しそうな顔になってくれてるの、すごい幸せだし、頑張らなくちゃって思うよね。あ、そうそう、それでさ、ちょっと相談があるんだけど聞いてくれる?」  まくしたてるように仕事の話題に突入していき、藤野は写真の人物について質問しそびれた。社長の相談事は遠方からのお客様のおもてなしについての企画案で、ブログも活用できないだろうか、という内容だった。その話の途中、さっきの紳士が「それじゃあ」と会釈しながら売店の方へ去っていった。
「あの方、金沢からいらしたそうです」
 藤野が教えると、社長は「金沢!」と驚きとも喜びともつかない声をあげた。 「ご友人とごいっしょで、いまの方は市役所の観光課に勤めてらっしゃったそうなんですけど、御花のこと、すごく、褒めていただきました」
「えー、すごくない? 金沢ってすごくいいところでしょ、観光だってさかんだし、見るところたくさんあるし、嬉しいね、そんなところの方に褒めていただけるのって」
「お写真、撮らせていただいたんですけど、わたし裏方だからあんまり慣れてないんですって言ったんですよ」
「うんうん、それで?」
 先が待ちきれない様子でバインダーを右手から左手に移動させながら、社長が促す。
「そしたら『裏方あってこそのおもてなしです』って言っていただいて。お金を数えるのも、スケジュールを調整するのも、お客様には見えないところだけれど、そこがきちんとしていなければ表舞台もうまくまわらない。あなたの仕事もすべてがおもてなしなんですよって」
 カメラを構えるときに脇を締めるのも、と男性の言葉は続いた。自身、役所という「裏方」にいたからこその発言だったのだろう、と藤野は理解した。そうした冷静な受け止め方とは異なる部分で、腑に落ちるものがあった。自分の人生に新しい歯車が組み込まれた気分。それも、この世にたったひとつ、オーダーメイドの歯車だ。
「いいねー、その言葉、いいね、嬉しいね。わたしが言ったことにできないかな」と社長は終始笑顔のままでくやしがった。
「社長もいい言葉、いっぱい言うじゃないですか」
「言わないよ。わたしなんか、みんなに助けてもらってばっかりで、もう、ほんと、まだまだなんだから」
 ふっ、とおだやかな風が吹いてきて、社長は表情を変えた。正門から入ってこられる団体のお客様を、その目は見つめている。真剣な横顔をそっとうかがいながら藤野は、社長業というものについて考えをめぐらせた。宗高社長は自分と十歳も離れていない。四十代になったばかりで、柳川の同業者の集まりの中でも若手であり、幼い娘を育てる一児の母親でもある。それなのに、ぜんぶを見ようと努めているし、ちゃんと、見てくれている。
 すごいな、と藤野はあらためて圧倒された。
「そう考えるとさ」と社長は声のトーンを変えて語りだした。「みんな、そうだね、ここ、何百年もあるんだけど、その全部がね、ここに来ていただく方をもてなすためにあったんだよね。いま、わたしたちも、もてなされてるみたいなものだよね。ここで生きていけるの、ここで働いていけるの、そういうのぜんぶ、ご先祖様もそうだし、いままでここを守ってきてくれた、藤野さんみたいに裏方で支えてくれた人たちや、ここを訪れて帰ってから『いいところだったよ』って周りに伝えてくれた人たちも、みんな、そうなんだよね。すごいね。すごいなあ」

「みなさん、ご友人でいらっしゃるんですか?」
「ええ。金沢から来たんです」とカメラの持ち主が答える。
「金沢から? それは、遠路お越しいただいて、ありがとうございます。じゃあ、撮りますよ、はい」
 チーズ。
 念のため、もう一枚、シャッターをきった。
 確認を頼むと、こちらに近づいてきながらジャケットの男性は顔を横にふった。
「大丈夫ですよ。カメラの持ち方でわかります」
「え?」と藤野はやや驚きをこめて返した。「持ち方、ですか?」
「ええ。撮り慣れているでしょう? カメラ、ご趣味ですか?」
「私ですか? いえ、そんな」
「構え方がね」と男性は受け取ったカメラを藤野に向けて構える。「よくできていました」
 脇を締め、右手はグリップを掴みながら、左手はレンズを底から支える形で添えてある。
「ああ、それは、父に教わったんです」
 自分の答えにくすぐったくなる。その瞬間に、シャッターをきる音が聞こえた。
「お父様?」
「はい。父がカメラ好きで、ときどき、撮らせてもらってたんです」
「なるほど。三つ子の魂、というやつですね」
「そうですね」
 うなずきながら、藤野は久しぶりに父親の顔を思い起こした。目の前にいる男性と、そう変わらない歳だ。新幹線とローカル線とを乗り継いで数時間かかる土地に暮らす両親には、しばらく会っていない。たまに電話で母親と話すと、郷愁の念が、心に隠したプールにぽん、と飛び込んできて、しばらく消えない波紋を残していく。
「お元気ですか、お父さんは」とジャケットの男性が質問した。
 ええ、と藤野はこたえた。
 いっしょに来ているのは地元で小学校からの友人たちだと男性は教えてくれた。彼は新婚旅行で九州をまわったらしく、そのときに柳川も訪れ、御花にも立ち寄った。結婚したての妻を写真にたくさんおさめましたよ、とはにかんだ。景色はいくらか変わったけれど、ここにある空気は変わりませんね、と言われ、藤野も誇らしい気持ちになった。
「今日は、あいつらにここを見せたくて、お邪魔しました」
 売店の方へ歩いていく友人たちを眺めながら、男性はまたカメラを構えた。レンズの中で機械がまばたきして、持ち帰られる景色が増える。
「冬になると、庭の方の池に氷が張るんですけど、それがここでいちばん好きな光景なんです」
「きれいなんですか?」
「それもあるんですけど、鴨たちが氷に気づかなくて、頭をぶつけたりするんです。それが、かわいらしくて」
 男性は、ふむ、というような声を挟んで「それじゃ、こんどは冬にうかがいましょう」と言った。
 そうして会話を交わしていると、藤野さーん、と元気な声が飛んできた。宗高千鶴社長だった。濃紺のパンツスーツに、右手には書類の挟まった赤いバインダーを持っている。松濤館から出てきたところで、まだ二十メートルは離れている。挨拶をするには遠い。しかし、電車を待っているときに線路を挟んだ向かいのホームに知合いを見つければ、社長は運命の相手を見つけたように相手の名を呼び手を振るだろう。ドーム球場の一塁側と三塁側であったとしても、そうするのではないかという想像が浮かび、藤野は口元をゆるめて「おはようございます!」と元気に返した。
 社長に近づきながら、ポケットにしまっていた紙を取り出し、広げた。
 満面の笑みを浮かべてこちらにやってくるその表情に、これってやっぱり社長じゃないかな、と思って藤野は颯爽と歩く社長と写真を見比べる。御花の娘、伯爵の血を継ぐ人物であれば、幼少期の写真が残っているのは不思議ではない。実際、膨大な資料の中には先代社長の赤ん坊時代の写真も含まれている。
「なになに、なに見てるの」
 隣まできた宗高社長が興味津々で紙を覗きこむ。
「あ、かわいい、なにこれ、なんの写真? あ、わかった、あれでしょ、ブログに使うつもりでしょ。で、これ、誰? あー、お蔵がある。懐かしい。あ、ちょっと待って、いつごろの写真かあてるから。うーん、わかった、70年代! そうでしょ? 違う?」
「惜しいです」
「え、違うのー。わたしの子どものころくらいだと思ったのに」
「80年代ですね。お客様からいただいた写真で、アルバムの区分は80年代でした」
「でもかわいいねー、この子。すごく嬉しそう。ねえ、お父さんかな、お母さんかな。写真ってさ、やっぱり撮る人も映るんだよねー。嬉しいなー、ここでこんなふうに楽しそうな顔になってくれてるの、すごい幸せだし、頑張らなくちゃって思うよね。あ、そうそう、それでさ、ちょっと相談があるんだけど聞いてくれる?」  まくしたてるように仕事の話題に突入していき、藤野は写真の人物について質問しそびれた。社長の相談事は遠方からのお客様のおもてなしについての企画案で、ブログも活用できないだろうか、という内容だった。その話の途中、さっきの紳士が「それじゃあ」と会釈しながら売店の方へ去っていった。
「あの方、金沢からいらしたそうです」
 藤野が教えると、社長は「金沢!」と驚きとも喜びともつかない声をあげた。 「ご友人とごいっしょで、いまの方は市役所の観光課に勤めてらっしゃったそうなんですけど、御花のこと、すごく、褒めていただきました」
「えー、すごくない? 金沢ってすごくいいところでしょ、観光だってさかんだし、見るところたくさんあるし、嬉しいね、そんなところの方に褒めていただけるのって」
「お写真、撮らせていただいたんですけど、わたし裏方だからあんまり慣れてないんですって言ったんですよ」
「うんうん、それで?」
 先が待ちきれない様子でバインダーを右手から左手に移動させながら、社長が促す。
「そしたら『裏方あってこそのおもてなしです』って言っていただいて。お金を数えるのも、スケジュールを調整するのも、お客様には見えないところだけれど、そこがきちんとしていなければ表舞台もうまくまわらない。あなたの仕事もすべてがおもてなしなんですよって」
 カメラを構えるときに脇を締めるのも、と男性の言葉は続いた。自身、役所という「裏方」にいたからこその発言だったのだろう、と藤野は理解した。そうした冷静な受け止め方とは異なる部分で、腑に落ちるものがあった。自分の人生に新しい歯車が組み込まれた気分。それも、この世にたったひとつ、オーダーメイドの歯車だ。
「いいねー、その言葉、いいね、嬉しいね。わたしが言ったことにできないかな」と社長は終始笑顔のままでくやしがった。
「社長もいい言葉、いっぱい言うじゃないですか」
「言わないよ。わたしなんか、みんなに助けてもらってばっかりで、もう、ほんと、まだまだなんだから」
 ふっ、とおだやかな風が吹いてきて、社長は表情を変えた。正門から入ってこられる団体のお客様を、その目は見つめている。真剣な横顔をそっとうかがいながら藤野は、社長業というものについて考えをめぐらせた。宗高社長は自分と十歳も離れていない。四十代になったばかりで、柳川の同業者の集まりの中でも若手であり、幼い娘を育てる一児の母親でもある。それなのに、ぜんぶを見ようと努めているし、ちゃんと、見てくれている。
 すごいな、と藤野はあらためて圧倒された。
「そう考えるとさ」と社長は声のトーンを変えて語りだした。「みんな、そうだね、ここ、何百年もあるんだけど、その全部がね、ここに来ていただく方をもてなすためにあったんだよね。いま、わたしたちも、もてなされてるみたいなものだよね。ここで生きていけるの、ここで働いていけるの、そういうのぜんぶ、ご先祖様もそうだし、いままでここを守ってきてくれた、藤野さんみたいに裏方で支えてくれた人たちや、ここを訪れて帰ってから『いいところだったよ』って周りに伝えてくれた人たちも、みんな、そうなんだよね。すごいね。すごいなあ」