ダブル主演

 一日の仕事を終えて自宅に帰ると、庭で娘がサッカーボールを蹴っていた。
 キーパー役は、夫の賢一郎だ。
 門から玄関までのアプローチの途中で立ち止まった千鶴は、夕暮れどきの薄い光のなか、五歳の娘がやすやすとボールを蹴る姿に見入った。
 賢一郎がキャッチしそこねた。ボールもどこか楽しげに、塀に跳ね返った。
「もういっかい!」
 娘が声を跳ねさせる。
 ただいま、と言うのも忘れて千鶴は、その光景に見惚れていた。
 ボールを拾った夫がこちらを振り返って「おかえり」と言った。娘のつむぎも、くるりと体を反転させた。
「ママー! きょうね、ようちえんでサッカーやって、シュートきめたんだよ!」
 嬉しそうに報告しながら、千鶴のもとへ駆け寄ってきた。
 男子ばかりのチームに女子ひとりで混じる形になり、三回もシュートを決めたことを、順序立てて語ってくれた。しっかりとした言葉の構成に、朝よりも数段、話し方が上手くなっているように、千鶴は感じた。
 ねえ、もう一回、シュート見せて、と千鶴は頼んだ。
 娘は返事をするより早く「パパ、ボール!」と命じた。

 子どもの成長には、おどろかされっぱなしだ。
 ほんの数日、あるいはたったの数時間で、ぐんと変わる。
 おしゃべりが上手になっていたり、服を自分でコーディネイトしたり、ソファを背もたれ側からよじのぼったり、食卓にお皿を並べてくれたり。教えたつもりもないことを、さらりとやってのけられて、親としては焦ることもしばしばだ。
「ねえ、サッカー教えたの?」
 自宅に入りながら、夫に確かめた。
「俺が? いや、ぜんぜん。たまに一緒に試合見てるくらいじゃない?」
 言われてみれば、テレビで日本代表チームを応援したことはあった。
「前にさ、公園にボール持っていくって言ったくせに、いざ持ってったら遊具でしかあそばないし、ボール持っていくなんて言ってないって怒られたことあったじゃん。だから今日も、サッカーしたいって言われて、ちょっとおどろいた」
 まんざらでもなさそうに、「才能あるのかな」と言い残して夫は洗面所へ入っていった。
「順番だから、待ってて」と娘に指示され、「はいはい」と従う声が廊下を伝ってきた。

「じゃあ、パパのよかったこと」
 家族三人で夕飯を食べながら、つむぎはあらためて、サッカーでの武勇伝を語ってきかせた。その流れで、父と母にも、その日いちばんよかった出来事を話すよう提案した。
「パパ? パパはね、そうだなあ……、あ、あれだ、今年の夏のイベントで、素晴らしい歌手を招くことがきまった」
「え、だれだれ? アイドル?」
 つむぎが身を乗り出すように尋ねる。味噌汁の入ったお碗に手があたりそうになって、こぼしやしないかと、千鶴はひやっとした。

 一日の仕事を終えて自宅に帰ると、庭で娘がサッカーボールを蹴っていた。
 キーパー役は、夫の賢一郎だ。
 門から玄関までのアプローチの途中で立ち止まった千鶴は、夕暮れどきの薄い光のなか、五歳の娘がやすやすとボールを蹴る姿に見入った。
 賢一郎がキャッチしそこねた。ボールもどこか楽しげに、塀に跳ね返った。
「もういっかい!」
 娘が声を跳ねさせる。
 ただいま、と言うのも忘れて千鶴は、その光景に見惚れていた。
 ボールを拾った夫がこちらを振り返って「おかえり」と言った。娘のつむぎも、くるりと体を反転させた。
「ママー! きょうね、ようちえんでサッカーやって、シュートきめたんだよ!」
 嬉しそうに報告しながら、千鶴のもとへ駆け寄ってきた。
 男子ばかりのチームに女子ひとりで混じる形になり、三回もシュートを決めたことを、順序立てて語ってくれた。しっかりとした言葉の構成に、朝よりも数段、話し方が上手くなっているように、千鶴は感じた。
 ねえ、もう一回、シュート見せて、と千鶴は頼んだ。
 娘は返事をするより早く「パパ、ボール!」と命じた。

 子どもの成長には、おどろかされっぱなしだ。
 ほんの数日、あるいはたったの数時間で、ぐんと変わる。
 おしゃべりが上手になっていたり、服を自分でコーディネイトしたり、ソファを背もたれ側からよじのぼったり、食卓にお皿を並べてくれたり。教えたつもりもないことを、さらりとやってのけられて、親としては焦ることもしばしばだ。
「ねえ、サッカー教えたの?」
 自宅に入りながら、夫に確かめた。
「俺が? いや、ぜんぜん。たまに一緒に試合見てるくらいじゃない?」
 言われてみれば、テレビで日本代表チームを応援したことはあった。
「前にさ、公園にボール持っていくって言ったくせに、いざ持ってったら遊具でしかあそばないし、ボール持っていくなんて言ってないって怒られたことあったじゃん。だから今日も、サッカーしたいって言われて、ちょっとおどろいた」
 まんざらでもなさそうに、「才能あるのかな」と言い残して夫は洗面所へ入っていった。
「順番だから、待ってて」と娘に指示され、「はいはい」と従う声が廊下を伝ってきた。

「じゃあ、パパのよかったこと」
 家族三人で夕飯を食べながら、つむぎはあらためて、サッカーでの武勇伝を語ってきかせた。その流れで、父と母にも、その日いちばんよかった出来事を話すよう提案した。
「パパ? パパはね、そうだなあ……、あ、あれだ、今年の夏のイベントで、素晴らしい歌手を招くことがきまった」
「え、だれだれ? アイドル?」
 つむぎが身を乗り出すように尋ねる。味噌汁の入ったお碗に手があたりそうになって、こぼしやしないかと、千鶴はひやっとした。