「それで、付き合い始めたんですか?」
 原田に問われて、いえ、と神谷ははにかみ、それはすこしあとで、と続けた。
 麻理恵とは職場が近いこともあり、遠出以外にもたびたび時間を共に過ごした。あるとき、自販機で缶コーヒーを買うと「あたり」が出た。その勢いを借りて交際を申し込むと、彼女はあっさりOKを出した。
 お客様のエピソードをうかがうことには慣れているが、自分の歴史を誰かに語ってみせるのは初めてだった。そういえば、自分たち夫婦は挙式をおこなっていない。忘れているわけではないが、籍を入れてもう八年になる。もし、あのとき、勇み足にならず、もっと着実な足取りを選んでいたら、そうしたら自分たち夫婦もウエディングプランナーを相手に幸福な道のりについて語ったのだろうか。
「遠距離ってことは、神谷さんが東京に戻ってからってことですよね?」
 原田は興味があるのか、それとも場をつなぎたいだけなのか、外から聞こえてくるお祝いの言葉や拍手にときどき耳を向けるような表情で、言葉を続けた。神谷は眼鏡をはずし、ハンカチで拭いてから、掛けなおした。

 年が明けるころ、東京の上司から電話をもらい、神谷を本社に呼び戻せそうだと告げられた。
「な、俺は約束を守る男だろ?」
 自信に満ちた声に懐かしさをおぼえると同時に、神谷は落胆してもいた。ジェットコースターの終わり近くで途端に減速されたときのような、体はまだ興奮を引きずっているのに頭だけ先に冷めてしまったような、そんな気分だった。
 麻理恵も、神谷が東京に戻ることは承知していた。いっしょには無理でも、いずれ東京に来てもらえないかと、神谷はそれとなく探りを入れてみたが、母の体調が芳しくないので、一人娘としては実家から遠く離れるわけにはいかないのだと、普段どおりのさばさばした調子で返された。
 二月になると、遠出を楽しむ気分にもなれず、休日には神谷の部屋を麻理恵が訪れ、暖房を効かせて、彼女の手料理を楽しんだ。一度くらい、麻理恵の実家を訪ねてみたかった気もしたが、結婚の約束をかわしたわけでもないのに、やがて東京に戻っていく身だというのに、のこのことご両親の前に姿を見せるのははばかられた。一度、彼女の車で柳川までは足を運んだ。麻理恵の自宅までは、そこから車であと二十分ばかりという話だった。
「遠距離、する?」
 麻理恵に問われた。そうしたいのはやまやまだったが、無責任なのではないか、という自問が神谷の背中にぴったりと張りついていて、即答できなかった。そもそもが、恋愛には奥手な人間でもあった。自社商品を含め、家電店を訪れた人々にそれぞれの品の美点を紹介し、売り込むのは得意なほうだった。合コンでも、自分よりほかの男たちをおすすめするほうが性に合っていた。しかし、自分のこととなると、欠点にばかり目がいってしまう。
 一年に満たない交際のなかで、麻理恵が自分を好いてくれていることには確信を持てたが、遠距離恋愛という選択が正しいのか、そうでないのかは、まるでわからなかった。

「あー、わかります。俺もそうでした」と原田は同調した。「うちは高校で二年間、同じクラスだったから、付き合い自体はそれなりにあったんですよ。でも恋人だったわけじゃなくて、仲良しグループのなかの二人って感じで、もっと早くに告白しておけばよかったんだけど、お互い、こう、あ、もう離れるんだって実感するまで、なんか、なんていうか、見くびってたって言うんですかね、半分付き合ってるみたいな気分だったんだけど、そうじゃねえぞってことに、卒業式のときに気がついて」
 自分と八歳ちがう若者の言葉に、神谷は、ウエディングプランナーとしての表情を取り戻して、頬をゆるめた。
「え、でも、あれですよね、神谷さん、その女性と結婚されたわけでしょ? それで、いま、福岡に、ていうか、柳川に住んでる?」
「いえ、ここからちょっと離れたところに」
「あ、奥さんの実家」
「でもないんですけど、まあ、近いところに」
 原田には、若いというだけでなく、どこかあけっぴろげなところがある。ついつい話してしまうのは、小学校の先生という職業柄もあるのだろうかと、いつになく饒舌な自分を意識しながら神谷は考えた。不思議といえば、不思議なご縁だ。原田の友人が御花で披露宴を行った際の担当が神谷で、その後、部署がフロントにかわったが、原田は「友人がすごく推薦してたんで」と神谷を指名してきた。
 新婦となる女性には押され気味だが、生徒たちからは慕われそうな好青年だった。風貌からスポーツは得意そうに見受けられるのに、実際には球技が苦手で、それなのに野球部の顧問を断れずにがんばっているというエピソードにも人柄が感じられた。教員の披露宴で生徒たちがお祝いにかけつける場面に神谷も何度か立ち会ってきたが、原田たちのときにもきっとユニフォーム姿の子供たちがやってくるのだろう。想像するだけで、その日が楽しみになるし、もう幸せな気持ちにもなれる。
 あなたは幸せの共感度数が高いのよ、というのは妻の麻理恵の言葉だ。そんなつもりはなかったが、言われてみれば、販売支援で店頭に立っていた時代にも、自社製品を売り込むことより、お客様の幸せについて頭を巡らせていた。家電製品は、暮らしの一部になっていくものだ。性能の善し悪しだけでは測れない先がある。
 誰に教わったわけでもないが、結局のところ、幸せというのは巡り巡ってくるものだという気がする。ゆえに、自分で自分を幸せにしようと躍起になるのも、得意ではなかった。
 プロポーズでさえ、ほとんど賭けだったのだ。

「それで、付き合い始めたんですか?」
 原田に問われて、いえ、と神谷ははにかみ、それはすこしあとで、と続けた。
 麻理恵とは職場が近いこともあり、遠出以外にもたびたび時間を共に過ごした。あるとき、自販機で缶コーヒーを買うと「あたり」が出た。その勢いを借りて交際を申し込むと、彼女はあっさりOKを出した。
 お客様のエピソードをうかがうことには慣れているが、自分の歴史を誰かに語ってみせるのは初めてだった。そういえば、自分たち夫婦は挙式をおこなっていない。忘れているわけではないが、籍を入れてもう八年になる。もし、あのとき、勇み足にならず、もっと着実な足取りを選んでいたら、そうしたら自分たち夫婦もウエディングプランナーを相手に幸福な道のりについて語ったのだろうか。
「遠距離ってことは、神谷さんが東京に戻ってからってことですよね?」
 原田は興味があるのか、それとも場をつなぎたいだけなのか、外から聞こえてくるお祝いの言葉や拍手にときどき耳を向けるような表情で、言葉を続けた。神谷は眼鏡をはずし、ハンカチで拭いてから、掛けなおした。

 年が明けるころ、東京の上司から電話をもらい、神谷を本社に呼び戻せそうだと告げられた。
「な、俺は約束を守る男だろ?」
 自信に満ちた声に懐かしさをおぼえると同時に、神谷は落胆してもいた。ジェットコースターの終わり近くで途端に減速されたときのような、体はまだ興奮を引きずっているのに頭だけ先に冷めてしまったような、そんな気分だった。
 麻理恵も、神谷が東京に戻ることは承知していた。いっしょには無理でも、いずれ東京に来てもらえないかと、神谷はそれとなく探りを入れてみたが、母の体調が芳しくないので、一人娘としては実家から遠く離れるわけにはいかないのだと、普段どおりのさばさばした調子で返された。
 二月になると、遠出を楽しむ気分にもなれず、休日には神谷の部屋を麻理恵が訪れ、暖房を効かせて、彼女の手料理を楽しんだ。一度くらい、麻理恵の実家を訪ねてみたかった気もしたが、結婚の約束をかわしたわけでもないのに、やがて東京に戻っていく身だというのに、のこのことご両親の前に姿を見せるのははばかられた。一度、彼女の車で柳川までは足を運んだ。麻理恵の自宅までは、そこから車であと二十分ばかりという話だった。
「遠距離、する?」
 麻理恵に問われた。そうしたいのはやまやまだったが、無責任なのではないか、という自問が神谷の背中にぴったりと張りついていて、即答できなかった。そもそもが、恋愛には奥手な人間でもあった。自社商品を含め、家電店を訪れた人々にそれぞれの品の美点を紹介し、売り込むのは得意なほうだった。合コンでも、自分よりほかの男たちをおすすめするほうが性に合っていた。しかし、自分のこととなると、欠点にばかり目がいってしまう。
 一年に満たない交際のなかで、麻理恵が自分を好いてくれていることには確信を持てたが、遠距離恋愛という選択が正しいのか、そうでないのかは、まるでわからなかった。

「あー、わかります。俺もそうでした」と原田は同調した。「うちは高校で二年間、同じクラスだったから、付き合い自体はそれなりにあったんですよ。でも恋人だったわけじゃなくて、仲良しグループのなかの二人って感じで、もっと早くに告白しておけばよかったんだけど、お互い、こう、あ、もう離れるんだって実感するまで、なんか、なんていうか、見くびってたって言うんですかね、半分付き合ってるみたいな気分だったんだけど、そうじゃねえぞってことに、卒業式のときに気がついて」
 自分と八歳ちがう若者の言葉に、神谷は、ウエディングプランナーとしての表情を取り戻して、頬をゆるめた。
「え、でも、あれですよね、神谷さん、その女性と結婚されたわけでしょ? それで、いま、福岡に、ていうか、柳川に住んでる?」
「いえ、ここからちょっと離れたところに」
「あ、奥さんの実家」
「でもないんですけど、まあ、近いところに」
 原田には、若いというだけでなく、どこかあけっぴろげなところがある。ついつい話してしまうのは、小学校の先生という職業柄もあるのだろうかと、いつになく饒舌な自分を意識しながら神谷は考えた。不思議といえば、不思議なご縁だ。原田の友人が御花で披露宴を行った際の担当が神谷で、その後、部署がフロントにかわったが、原田は「友人がすごく推薦してたんで」と神谷を指名してきた。
 新婦となる女性には押され気味だが、生徒たちからは慕われそうな好青年だった。風貌からスポーツは得意そうに見受けられるのに、実際には球技が苦手で、それなのに野球部の顧問を断れずにがんばっているというエピソードにも人柄が感じられた。教員の披露宴で生徒たちがお祝いにかけつける場面に神谷も何度か立ち会ってきたが、原田たちのときにもきっとユニフォーム姿の子供たちがやってくるのだろう。想像するだけで、その日が楽しみになるし、もう幸せな気持ちにもなれる。
 あなたは幸せの共感度数が高いのよ、というのは妻の麻理恵の言葉だ。そんなつもりはなかったが、言われてみれば、販売支援で店頭に立っていた時代にも、自社製品を売り込むことより、お客様の幸せについて頭を巡らせていた。家電製品は、暮らしの一部になっていくものだ。性能の善し悪しだけでは測れない先がある。
 誰に教わったわけでもないが、結局のところ、幸せというのは巡り巡ってくるものだという気がする。ゆえに、自分で自分を幸せにしようと躍起になるのも、得意ではなかった。
 プロポーズでさえ、ほとんど賭けだったのだ。