「GM!」
 武将隊の面々にお茶を渡し、裏口から松濤館へ戻ってきたところで賢一郎を見つけた岡部は、小声だが怒りのにじんだ声で呼び止めた。
「おお、岡部君、おつかれ。どう、屋台の準備は順調?」
「そんなことより」
 普段の温厚さとかけ離れた口調に、賢一郎は一歩あとずさった。厨房からは調理の音がせわしなく聞こえてくるものの、職員用通路にほかの人の姿はなく、外にくらべれば薄暗いほどで、岡部の態度にも不穏さしかなかった。
「なんで黙ってたんですか!」
「え?」
「さっき会ったんですよ、ナビさんに」
「お、おお」
 いまにも腕をつかんできそうな若者を前に、賢一郎は戸惑った。喜んでいるようには、とても見えない。そんな疑問を見抜いたのか、岡部は詰め寄ってきた。
「僕、怒ってるんですよ」
「え? なんで」
 賢一郎は、きょとんとした。
「怒るに決まってるじゃないですか。なんで教えてくれないんですか? GMですよね、杉原歌澄さんを招いたの」
「そうだけど」
「じゃあ知ってたんじゃないんですか? ほかに誰が来るのかだって」
 動かぬ証拠をつきつけるような言われ方に、賢一郎は戸惑いを強めた。
「うん、知ってたし、書いてたよね」
「は? 書いてた?」
 怒りと驚きの混じった表情を岡部は浮かべた。
「社内用の資料、配ったよね?」
「もらいましたけど」
 今度はふてくされるような顔になった。
「そこにさ、書いてたよ、演奏を担当するミュージシャンの紹介で、ナビさんの名前。今回はアコースティックライブで、キーボードの佐藤さんはアコーディオンだし、ナビさんはウッドベースで、レア度の高い時間になるって」
 怒りを爆発させるつもりだったが、コップ一杯の水で火を消されたみたいにあっさりと、岡部の苛立ちの根拠は消えた。目線を横に逸らした岡部は、気まずさを扱いかねて瞬きをくりかえした。賢一郎も思案顔で腕を組み、質問した。
「もしかしてさ、気づいてなかった?」
「はい」岡部はちいさな声で返した。「すみません。杉原歌澄さんのことしか見てませんでした」
「ああ、そうなんだ。あんまり目立たせるのも変かなと思って控えめに書いてたから、こっちこそごめん。でもさ、誰かに言われたりしなかった? ナビさん来るよって」
「誰も知らないですから、多分、GMにしか話してないと思います」
「あ、そう。そっか」
 自分だけ、という情報につい頬をほころばせてしまったが、それを見咎める岡部の目つきに、賢一郎は自分の迂闊さを反省した。
 通用口から汗だくの武将隊メンバーが入ってきて、岡部に「お茶、ごちそうさまでしたー」とほがらかに挨拶しながら、昼食が用意されている二階の控室へと階段をあがっていった。
「ありがとうございます」
 静かになった通路で、岡部はぶっきらぼうに言った。
「いろいろ、考えていただいて」
「いや、そんな」
 岡部くんのために呼んだわけじゃないから、と口走りそうになるのを、賢一郎はすんでのところで止めた。生まれ変わった大広間にふさわしいアーティストを選んだら、偶然こうなったのだが、そんなのは余計な情報だと判断した。

    「GM!」
 武将隊の面々にお茶を渡し、裏口から松濤館へ戻ってきたところで賢一郎を見つけた岡部は、小声だが怒りのにじんだ声で呼び止めた。
「おお、岡部君、おつかれ。どう、屋台の準備は順調?」
「そんなことより」
 普段の温厚さとかけ離れた口調に、賢一郎は一歩あとずさった。厨房からは調理の音がせわしなく聞こえてくるものの、職員用通路にほかの人の姿はなく、外にくらべれば薄暗いほどで、岡部の態度にも不穏さしかなかった。
「なんで黙ってたんですか!」
「え?」
「さっき会ったんですよ、ナビさんに」
「お、おお」
 いまにも腕をつかんできそうな若者を前に、賢一郎は戸惑った。喜んでいるようには、とても見えない。そんな疑問を見抜いたのか、岡部は詰め寄ってきた。
「僕、怒ってるんですよ」
「え? なんで」
 賢一郎は、きょとんとした。
「怒るに決まってるじゃないですか。なんで教えてくれないんですか? GMですよね、杉原歌澄さんを招いたの」
「そうだけど」
「じゃあ知ってたんじゃないんですか? ほかに誰が来るのかだって」
 動かぬ証拠をつきつけるような言われ方に、賢一郎は戸惑いを強めた。
「うん、知ってたし、書いてたよね」
「は? 書いてた?」
 怒りと驚きの混じった表情を岡部は浮かべた。
「社内用の資料、配ったよね?」
「もらいましたけど」
 今度はふてくされるような顔になった。
「そこにさ、書いてたよ、演奏を担当するミュージシャンの紹介で、ナビさんの名前。今回はアコースティックライブで、キーボードの佐藤さんはアコーディオンだし、ナビさんはウッドベースで、レア度の高い時間になるって」
 怒りを爆発させるつもりだったが、コップ一杯の水で火を消されたみたいにあっさりと、岡部の苛立ちの根拠は消えた。目線を横に逸らした岡部は、気まずさを扱いかねて瞬きをくりかえした。賢一郎も思案顔で腕を組み、質問した。
「もしかしてさ、気づいてなかった?」
「はい」岡部はちいさな声で返した。「すみません。杉原歌澄さんのことしか見てませんでした」
「ああ、そうなんだ。あんまり目立たせるのも変かなと思って控えめに書いてたから、こっちこそごめん。でもさ、誰かに言われたりしなかった? ナビさん来るよって」
「誰も知らないですから、多分、GMにしか話してないと思います」
「あ、そう。そっか」
 自分だけ、という情報につい頬をほころばせてしまったが、それを見咎める岡部の目つきに、賢一郎は自分の迂闊さを反省した。
 通用口から汗だくの武将隊メンバーが入ってきて、岡部に「お茶、ごちそうさまでしたー」とほがらかに挨拶しながら、昼食が用意されている二階の控室へと階段をあがっていった。
「ありがとうございます」
 静かになった通路で、岡部はぶっきらぼうに言った。
「いろいろ、考えていただいて」
「いや、そんな」
 岡部くんのために呼んだわけじゃないから、と口走りそうになるのを、賢一郎はすんでのところで止めた。生まれ変わった大広間にふさわしいアーティストを選んだら、偶然こうなったのだが、そんなのは余計な情報だと判断した。