前に会ってから半年と経っていないのに、原田啓太の顔つきに父親めいたところがあるように神谷は感じた。隣に座る原田佐知子のお腹は、マタニティ用のTシャツの下で美しい膨らみを描いている。神谷は丸眼鏡の位置を正しながら、向かいに座る夫婦を交互に見た。松濤館一階のカフェ「ういすてりあ」の窓辺の席で、佐知子の前にはグレープフルーツジュースが置かれている。
「大変な時期に申し訳ありません、招待状なんて送ってしまって。僕も気が回らないものですから」
 神谷がコーヒーカップの近くまで頭をさげた。
「大丈夫ですよ。それに最近はなかなか外出もできなくて、自宅でくさくさしてたんです」椅子に深く腰掛けたまま佐知子はお腹に触れた。「前に夏祭りのお話をうかがったときから、ぜったい行こうねって計画してたんですよ。妊娠は、ちょっと、計画になかったんですけど」
「外は暑いですから、ご無理だけはなさらないでください」
 気遣う言葉のあとで神谷はハンカチを出し、丸眼鏡をはずして、額の汗を拭いた。
「大丈夫です。ほんとは今日も舟でここまで来たかったんですけど、産気づいたらどうすんのって旦那に言われて。まだそこまでないのに、心配しすぎ」
 男性全般に対する苦言のように、佐知子は語尾を強めた。
「わからないだろ、もうこんな大きさなんだし、臨月だって目前なんだから」
「はいはい。心配性の人がそばにいるとなんにもできませんね。あなたも覚悟しておいてね」
 佐知子はお腹をさすりながら、未来の詰まった膨らみに語りかけた。
「男の子ですか?」
 神谷の質問に啓太が答えた。
「いえ、女の子らしいです」
「大変だねえ、きっと箱入り娘にされるよ?」と佐知子が軽い口調で言う。冗談まで未来に向かっていることに神谷はほほえんで、眼鏡をかけなおした。
「さっき大広間も見させてもらったんですけど、あそこで披露宴やるのも素敵ですよね」
 ジュースを一口飲んだあとで、佐知子が思い出したふうに言った。
「おふたりの披露宴もすごく素敵でしたよ。あの、私が言うと手前味噌になりますけど」
「ねえ、もう一回結婚式やりたくない?」
 佐知子が啓太をいたずらっぽく見た。案外本気かもと思わせる目に、啓太は顔をそむけた。
「いやあ、無理、俺、ああいうの向いてない」
「そう? 生徒たちに囲まれて嬉し泣きしてたのに?」
「あれは泣くだろ」
 神谷もプランナーとして関わった披露宴の、素晴らしい思い出を蘇らせた。新郎や新婦が教師の場合、子供たちが祝福に訪れるのは珍しくないし、何が起こるか事前に知ってもいたのに、小学生たちの歌声は神谷の涙腺まで壊した。
「ああいうのは一回だからいいんだって。そうでしょう、神谷さん? 二回も三回もやるものじゃないですよね?」
 すがる様子の啓太に肩入れしたいところだったが、神谷はこう答えた。
「銀婚式とか金婚式とか、ありますよ」
「あ、じゃあさ」と佐知子が言う。「この子にやってもらおうか」
 三人の視線がいっせいに、佐知子のお腹に向かった。

     前に会ってから半年と経っていないのに、原田啓太の顔つきに父親めいたところがあるように神谷は感じた。隣に座る原田佐知子のお腹は、マタニティ用のTシャツの下で美しい膨らみを描いている。神谷は丸眼鏡の位置を正しながら、向かいに座る夫婦を交互に見た。松濤館一階のカフェ「ういすてりあ」の窓辺の席で、佐知子の前にはグレープフルーツジュースが置かれている。
「大変な時期に申し訳ありません、招待状なんて送ってしまって。僕も気が回らないものですから」
 神谷がコーヒーカップの近くまで頭をさげた。
「大丈夫ですよ。それに最近はなかなか外出もできなくて、自宅でくさくさしてたんです」椅子に深く腰掛けたまま佐知子はお腹に触れた。「前に夏祭りのお話をうかがったときから、ぜったい行こうねって計画してたんですよ。妊娠は、ちょっと、計画になかったんですけど」
「外は暑いですから、ご無理だけはなさらないでください」
 気遣う言葉のあとで神谷はハンカチを出し、丸眼鏡をはずして、額の汗を拭いた。
「大丈夫です。ほんとは今日も舟でここまで来たかったんですけど、産気づいたらどうすんのって旦那に言われて。まだそこまでないのに、心配しすぎ」
 男性全般に対する苦言のように、佐知子は語尾を強めた。
「わからないだろ、もうこんな大きさなんだし、臨月だって目前なんだから」
「はいはい。心配性の人がそばにいるとなんにもできませんね。あなたも覚悟しておいてね」
 佐知子はお腹をさすりながら、未来の詰まった膨らみに語りかけた。
「男の子ですか?」
 神谷の質問に啓太が答えた。
「いえ、女の子らしいです」
「大変だねえ、きっと箱入り娘にされるよ?」と佐知子が軽い口調で言う。冗談まで未来に向かっていることに神谷はほほえんで、眼鏡をかけなおした。
「さっき大広間も見させてもらったんですけど、あそこで披露宴やるのも素敵ですよね」
 ジュースを一口飲んだあとで、佐知子が思い出したふうに言った。
「おふたりの披露宴もすごく素敵でしたよ。あの、私が言うと手前味噌になりますけど」
「ねえ、もう一回結婚式やりたくない?」
 佐知子が啓太をいたずらっぽく見た。案外本気かもと思わせる目に、啓太は顔をそむけた。
「いやあ、無理、俺、ああいうの向いてない」
「そう? 生徒たちに囲まれて嬉し泣きしてたのに?」
「あれは泣くだろ」
 神谷もプランナーとして関わった披露宴の、素晴らしい思い出を蘇らせた。新郎や新婦が教師の場合、子供たちが祝福に訪れるのは珍しくないし、何が起こるか事前に知ってもいたのに、小学生たちの歌声は神谷の涙腺まで壊した。
「ああいうのは一回だからいいんだって。そうでしょう、神谷さん? 二回も三回もやるものじゃないですよね?」
 すがる様子の啓太に肩入れしたいところだったが、神谷はこう答えた。
「銀婚式とか金婚式とか、ありますよ」
「あ、じゃあさ」と佐知子が言う。「この子にやってもらおうか」
 三人の視線がいっせいに、佐知子のお腹に向かった。