【御花のおはなし 特別篇】 消えない花火

 「これはこれは、宗茂公。まさか二十一世紀の世に、このような場で再会できるとは」
 御花敷地内の「お池」で総勢七名の武将たちが談笑していた。陣羽織や胸当てなど、趣向を凝らした衣装に身を包み、ひとつに結った髪や立派な鬚など、顔つきにも個性が表れている。
 東庭園を背に組み上げられた水上ステージは日影もなく、陽射しの強烈さとは対照的に、衝立の向こうに隠れたテニスコートからは、ぽーん、ぽーん、とボールを打つのどかな音が飛んできた。
 宗茂公と呼ばれた人物はまぶしさを和らげるべく手を眉と水平に構え、もう一方の手でマイクを口元に運んだ。
「うむ。我が子孫がどのように過ごしておるか、この目で確かめたくてのう。清正公も、ようお越しになられた」
「なに、祭と聞いては、いてもたってもおられぬ性分ゆえ」
 武将たちが大声で笑いあう中、池の南側の芝生ガーデンでは、夏祭りに向けての準備が進められていた。
「ではそろそろ演舞の稽古に移るとするかのう」
 宗茂役の声を受け、池のほとりに控えたスタッフが音楽の再生ボタンを押した。
 ドン、ドン、ドン、とスピーカーからバスドラの音が雷を思わせる激しさで空気を震わせた。続けて流れてきたのは派手なメロディで、武将たちは先ほどまでの重たげな様子を一気になぎ払い、息の合った動きで軽やかに踊りだした。

     二〇一七年八月半ばの週末、柳川の街全体がにぎわっていた。
 世間は夏休みの時期でもあり、鰻を食べに訪れる人も多く、川下りの舟から街並みを愛でつつ、柳川藩主のお邸である御花を目指す観光客もあとをたたなかった。
 御花では一年をかけた大広間の保存修理工事が完了し、これを記念して、従来の「七福神夏祭り」に加え「大広間お披露目イベント」も併催されることになっていた。
 七福神夏祭りは土日、二日間の日程で、大広間のお披露目イベントはその後半、日曜の午後に予定されていた。生まれ変わった大広間を舞台にブライダルショーやモデルのトークショー、さらに歌手の杉原歌澄によるスペシャルライブも行われる。アコースティック編成による特別なライブということも手伝ってか、チケットは早々に完売。その事実が、例年とは少々趣の違う夏祭りなのだ、という緊張感をスタッフたちにもたらしていた。

 土曜の天気予報は、晴れのち曇り、ところにより一時雨。
 午前中は空一面が水色の快晴で、御花ゆかりの宗茂公をはじめとする「おもてなし武将隊」のメンバーがイベントのリハーサルを行っているあいだ、夏祭りのメイン会場となる芝生ガーデンは入場禁止の札が立てられていた。
 芝生にはビニールシートやゴザが敷かれ、出逢い橋につながるお堀側には、焼鳥や綿菓子、ビールにジュース、御花名物「うむすび」などを販売する屋台が軒を連ねていた。夏祭りは、その年ごとの幹事に選ばれたスタッフが企画立案から実行までを担うならわしで、今年はゼネラルマネージャーの宗高賢一郎が幹事を務めている。
「武将隊の皆さま、もう一回、いまのところお願いできますか」
 ガーデン側から池の上の武将たちに向け、賢一郎が声を張り上げた。
「暑い中、申し訳ありませんが、ちょっとタイミングがずれていたので、お願いします!」
 有名武将に扮したメンバーたちは満面の笑顔で手をあげて立ち位置に戻り、力強いイントロが流れてくると、再び、息の合った動きでダンスを始めた。
「リハーサルくらい普段着でやったほうが効率的じゃないのかな、ジャージとかさ」
 屋台の準備を手伝っていたサービス部の細田が同情を込めた目でステージを見るが、まぶしさにねじふせられるように、すぐに視線を落とした。芝生に落ちる自分たちの影まで、真夏日を強調する濃さであることに目眩をおぼえる。この青空こそ夏の主役で、誰にも邪魔などできないのだと、天のすべてが宣言しているようだ。
「それだけ真剣にやっていただいてるってことですよね」と、険しい表情の細田と真逆の、若々しく楽観的な声で岡部が返した。「このあいだの新メニュー開発のときも、ちゃんと武将姿で来られてましたよ。ブログ、細田さんも読まれました?」
 細田は「ぜんぶ目を通してるよ」とだけ返して、話題を変えた。
「岡部君さ、ここ終わったら、武将の皆さまに冷えたお茶持ってきてあげて」

 オフィスに戻った細田は眼鏡をはずし、ハンカチで汗を拭いつつ、ホワイトボードに貼られた予定表を見直した。
 午後三時に芝生ガーデンを開場。水上ステージに、まずは地元柳川の高校から吹奏楽部がやってきて、演奏を披露してくれる。その後、児童合唱団、日本舞踊、抽選会を経て、宗茂と誾千代にまつわる物語の朗読劇。夕方に武将隊の演舞ショーがあり、陽が暮れたあとの花火で土曜日のイベントは終了となる。
 今年も大きなハプニングがなければいいが、と細田は眼鏡を拭きながら窓の外に目をやった。
 気温は午前中に三十五度に達していた。日向ではちりちりと肌が縮れていくような感触があった。熱中症には気をつけなくてはならない。お客様はもちろん、御花のスタッフに加え、外部の協力者にも気を配る必要がある。天候は問題ないだろう。一昨日から天気図に登場している台風はまだ、はるか南の海上だ。
 細田はそう考えた。
 それが大きな油断であることを、あとになって思い知ることになる。

 「これはこれは、宗茂公。まさか二十一世紀の世に、このような場で再会できるとは」
 御花敷地内の「お池」で総勢七名の武将たちが談笑していた。陣羽織や胸当てなど、趣向を凝らした衣装に身を包み、ひとつに結った髪や立派な鬚など、顔つきにも個性が表れている。
 東庭園を背に組み上げられた水上ステージは日影もなく、陽射しの強烈さとは対照的に、衝立の向こうに隠れたテニスコートからは、ぽーん、ぽーん、とボールを打つのどかな音が飛んできた。
 宗茂公と呼ばれた人物はまぶしさを和らげるべく手を眉と水平に構え、もう一方の手でマイクを口元に運んだ。
「うむ。我が子孫がどのように過ごしておるか、この目で確かめたくてのう。清正公も、ようお越しになられた」
「なに、祭と聞いては、いてもたってもおられぬ性分ゆえ」
 武将たちが大声で笑いあう中、池の南側の芝生ガーデンでは、夏祭りに向けての準備が進められていた。
「ではそろそろ演舞の稽古に移るとするかのう」
 宗茂役の声を受け、池のほとりに控えたスタッフが音楽の再生ボタンを押した。
 ドン、ドン、ドン、とスピーカーからバスドラの音が雷を思わせる激しさで空気を震わせた。続けて流れてきたのは派手なメロディで、武将たちは先ほどまでの重たげな様子を一気になぎ払い、息の合った動きで軽やかに踊りだした。

     二〇一七年八月半ばの週末、柳川の街全体がにぎわっていた。
 世間は夏休みの時期でもあり、鰻を食べに訪れる人も多く、川下りの舟から街並みを愛でつつ、柳川藩主のお邸である御花を目指す観光客もあとをたたなかった。
 御花では一年をかけた大広間の保存修理工事が完了し、これを記念して、従来の「七福神夏祭り」に加え「大広間お披露目イベント」も併催されることになっていた。
 七福神夏祭りは土日、二日間の日程で、大広間のお披露目イベントはその後半、日曜の午後に予定されていた。生まれ変わった大広間を舞台にブライダルショーやモデルのトークショー、さらに歌手の杉原歌澄によるスペシャルライブも行われる。アコースティック編成による特別なライブということも手伝ってか、チケットは早々に完売。その事実が、例年とは少々趣の違う夏祭りなのだ、という緊張感をスタッフたちにもたらしていた。

 土曜の天気予報は、晴れのち曇り、ところにより一時雨。
 午前中は空一面が水色の快晴で、御花ゆかりの宗茂公をはじめとする「おもてなし武将隊」のメンバーがイベントのリハーサルを行っているあいだ、夏祭りのメイン会場となる芝生ガーデンは入場禁止の札が立てられていた。
 芝生にはビニールシートやゴザが敷かれ、出逢い橋につながるお堀側には、焼鳥や綿菓子、ビールにジュース、御花名物「うむすび」などを販売する屋台が軒を連ねていた。夏祭りは、その年ごとの幹事に選ばれたスタッフが企画立案から実行までを担うならわしで、今年はゼネラルマネージャーの宗高賢一郎が幹事を務めている。
「武将隊の皆さま、もう一回、いまのところお願いできますか」
 ガーデン側から池の上の武将たちに向け、賢一郎が声を張り上げた。
「暑い中、申し訳ありませんが、ちょっとタイミングがずれていたので、お願いします!」
 有名武将に扮したメンバーたちは満面の笑顔で手をあげて立ち位置に戻り、力強いイントロが流れてくると、再び、息の合った動きでダンスを始めた。
「リハーサルくらい普段着でやったほうが効率的じゃないのかな、ジャージとかさ」
 屋台の準備を手伝っていたサービス部の細田が同情を込めた目でステージを見るが、まぶしさにねじふせられるように、すぐに視線を落とした。芝生に落ちる自分たちの影まで、真夏日を強調する濃さであることに目眩をおぼえる。この青空こそ夏の主役で、誰にも邪魔などできないのだと、天のすべてが宣言しているようだ。
「それだけ真剣にやっていただいてるってことですよね」と、険しい表情の細田と真逆の、若々しく楽観的な声で岡部が返した。「このあいだの新メニュー開発のときも、ちゃんと武将姿で来られてましたよ。ブログ、細田さんも読まれました?」
 細田は「ぜんぶ目を通してるよ」とだけ返して、話題を変えた。
「岡部君さ、ここ終わったら、武将の皆さまに冷えたお茶持ってきてあげて」

 オフィスに戻った細田は眼鏡をはずし、ハンカチで汗を拭いつつ、ホワイトボードに貼られた予定表を見直した。
 午後三時に芝生ガーデンを開場。水上ステージに、まずは地元柳川の高校から吹奏楽部がやってきて、演奏を披露してくれる。その後、児童合唱団、日本舞踊、抽選会を経て、宗茂と誾千代にまつわる物語の朗読劇。夕方に武将隊の演舞ショーがあり、陽が暮れたあとの花火で土曜日のイベントは終了となる。
 今年も大きなハプニングがなければいいが、と細田は眼鏡を拭きながら窓の外に目をやった。
 気温は午前中に三十五度に達していた。日向ではちりちりと肌が縮れていくような感触があった。熱中症には気をつけなくてはならない。お客様はもちろん、御花のスタッフに加え、外部の協力者にも気を配る必要がある。天候は問題ないだろう。一昨日から天気図に登場している台風はまだ、はるか南の海上だ。
 細田はそう考えた。
 それが大きな油断であることを、あとになって思い知ることになる。