対月館の宴会場「Over the Moon」では、午後一時から披露宴が催されていた。およそ一年前に御花のレストランでプロポーズを行ったカップルの祝宴で、総料理長の河村将司が腕によりをかけたメニューがテーブルを彩っていた。
 同じころ、総務の藤野優実は対月館二階のバルコニーに出ていた。広島の実家からやってきた両親に自分の職場である御花を案内している最中で、ファインダー越しに松濤園を見下ろす父の背中に語りかけた。
「でね、私のその写真がきっかけになって、フォトコンテストを実施することになったの」
 藤野の話に父親はあまり耳を傾けず、持参したカメラで印をつけていくみたいにシャッターをきっていた。真夏のぎらぎらした陽光が、普段以上に松濤園を美しく見せている。父の没頭ぶりも、だから、理解できるのだが、藤野には別の目的があった。
「聞いてる?」
「ああ」
「ほんとに?」
「ああ」
 オウム返しの合間にも、五枚、十枚とシャッターがきられた。
「ねえ、ここは?」と母が父と真逆の方角を向いて質問した。
「ここはOver the Moonていう宴会場で、いまも披露宴の真っ最中」
「じゃあ中は見られないのね」
「うん。ねえ父さん、そろそろいいかな、私このために麦わら帽子持ってきてるんだけど」
 藤野は馬鹿に大きな帽子を胸の前にかかげた。
「制服でこれ持ってうろうろするのイヤだからさ、そろそろ下りようよ」
「前に撮ったの、ここじゃなかったのか?」
「違うってば。昔は二階がなかったの。あの写真は一階のバルコニーから松濤園をバックに撮ったやつ」
 藤野の父はファインダーから目を離して返事をした。
「じゃあ、おりるか」
 ひと息吐いてから藤野は両親を引き連れ建物内の階段を下りていった。
「優実さん!」
 対月館の入口である自動ドアのほうから呼ぶ声が聞こえてきた。見ると、花澤葵が立っていた。薄いピンクのカットソーに深いブルーのパンツをあわせて、以前よりずいぶん洗練されて見えた。前に会ったのは春のことで、新しい職場で悩みばかり育てているような印象だったが、そんな沼も無事に抜け出したらしいと、葵の雰囲気から読み解けた。
「あおいちゃん、どうしたの」
「お祭りですよ、七福神夏祭り。千鶴社長から連絡いただいて、今日たまたまお休みだったんで」
「そっかあ。ようこそ、お越しくださいました。あ、そうだ。こちら私の両親」
 両親を指し示して藤野が言った。挨拶する葵を今度は両親に紹介する。
「こちら、今年の初めまで御花で働いてた花澤葵さん」
「はじめまして。優実がお世話になってます」
「そうだよ、私よりずっと長くここで働いてた先輩なんだから」と、すこし自慢げに藤野が補足した。
「そんな。わたしのほうこそお世話になりっぱなしで。優実さん、お休みじゃないんですね」
「うん。今日はさすがにね。でも、フォトキャンペーンの準備も兼ねて、両親を案内してるの」
「フォトキャンペーン?」
 そうそう、と藤野は人懐っこい笑みで説明を始めた。
「昔に御花で撮った写真と同じ構図で、いまの写真を撮って、それを二つ並べて投稿してもらって、優秀作を選んでプレゼント贈りますっていうの。で、サンプルとして、私が子供のときに撮ったのと同じ場所でね、いまから父親に撮ってもらおうかと思って」
「おもしろそう。え、でも藤野さん、子供のときに御花で撮った写真があるんですか?」
「あったんだよね、それが」
 ことの顛末を藤野は手短に語った。記憶にもないくらい幼いころ両親に連れられて柳川を訪ね、御花にも立ち寄った。そのときの写真が御花の古い資料の中にまぎれていたことを。
 葵も藤野たちにくっついて、一階レストランの窓からバルコニーに出た。藤野が持参していた古い写真を見せてもらい、そこに映った幼女に葵は「かわいい!」と声をあげた。そうでしょ、と藤野は胸を張った。一葉の写真を参考に、同じ位置に椅子を運んで、麦わら帽子もかぶった藤野は、子供みたいに満面の笑顔を浮かべた。

     対月館の宴会場「Over the Moon」では、午後一時から披露宴が催されていた。およそ一年前に御花のレストランでプロポーズを行ったカップルの祝宴で、総料理長の河村将司が腕によりをかけたメニューがテーブルを彩っていた。
 同じころ、総務の藤野優実は対月館二階のバルコニーに出ていた。広島の実家からやってきた両親に自分の職場である御花を案内している最中で、ファインダー越しに松濤園を見下ろす父の背中に語りかけた。
「でね、私のその写真がきっかけになって、フォトコンテストを実施することになったの」
 藤野の話に父親はあまり耳を傾けず、持参したカメラで印をつけていくみたいにシャッターをきっていた。真夏のぎらぎらした陽光が、普段以上に松濤園を美しく見せている。父の没頭ぶりも、だから、理解できるのだが、藤野には別の目的があった。
「聞いてる?」
「ああ」
「ほんとに?」
「ああ」
 オウム返しの合間にも、五枚、十枚とシャッターがきられた。
「ねえ、ここは?」と母が父と真逆の方角を向いて質問した。
「ここはOver the Moonていう宴会場で、いまも披露宴の真っ最中」
「じゃあ中は見られないのね」
「うん。ねえ父さん、そろそろいいかな、私このために麦わら帽子持ってきてるんだけど」
 藤野は馬鹿に大きな帽子を胸の前にかかげた。
「制服でこれ持ってうろうろするのイヤだからさ、そろそろ下りようよ」
「前に撮ったの、ここじゃなかったのか?」
「違うってば。昔は二階がなかったの。あの写真は一階のバルコニーから松濤園をバックに撮ったやつ」
 藤野の父はファインダーから目を離して返事をした。
「じゃあ、おりるか」
 ひと息吐いてから藤野は両親を引き連れ建物内の階段を下りていった。
「優実さん!」
 対月館の入口である自動ドアのほうから呼ぶ声が聞こえてきた。見ると、花澤葵が立っていた。薄いピンクのカットソーに深いブルーのパンツをあわせて、以前よりずいぶん洗練されて見えた。前に会ったのは春のことで、新しい職場で悩みばかり育てているような印象だったが、そんな沼も無事に抜け出したらしいと、葵の雰囲気から読み解けた。
「あおいちゃん、どうしたの」
「お祭りですよ、七福神夏祭り。千鶴社長から連絡いただいて、今日たまたまお休みだったんで」
「そっかあ。ようこそ、お越しくださいました。あ、そうだ。こちら私の両親」
 両親を指し示して藤野が言った。挨拶する葵を今度は両親に紹介する。
「こちら、今年の初めまで御花で働いてた花澤葵さん」
「はじめまして。優実がお世話になってます」
「そうだよ、私よりずっと長くここで働いてた先輩なんだから」と、すこし自慢げに藤野が補足した。
「そんな。わたしのほうこそお世話になりっぱなしで。優実さん、お休みじゃないんですね」
「うん。今日はさすがにね。でも、フォトキャンペーンの準備も兼ねて、両親を案内してるの」
「フォトキャンペーン?」
 そうそう、と藤野は人懐っこい笑みで説明を始めた。
「昔に御花で撮った写真と同じ構図で、いまの写真を撮って、それを二つ並べて投稿してもらって、優秀作を選んでプレゼント贈りますっていうの。で、サンプルとして、私が子供のときに撮ったのと同じ場所でね、いまから父親に撮ってもらおうかと思って」
「おもしろそう。え、でも藤野さん、子供のときに御花で撮った写真があるんですか?」
「あったんだよね、それが」
 ことの顛末を藤野は手短に語った。記憶にもないくらい幼いころ両親に連れられて柳川を訪ね、御花にも立ち寄った。そのときの写真が御花の古い資料の中にまぎれていたことを。
 葵も藤野たちにくっついて、一階レストランの窓からバルコニーに出た。藤野が持参していた古い写真を見せてもらい、そこに映った幼女に葵は「かわいい!」と声をあげた。そうでしょ、と藤野は胸を張った。一葉の写真を参考に、同じ位置に椅子を運んで、麦わら帽子もかぶった藤野は、子供みたいに満面の笑顔を浮かべた。