「皆さま、お二階へどうぞ。宴会場を開放いたしますので、そちらでおくつろぎください。お二階へ、こちらの階段からどうぞ。椅子はじゅうぶんにございますから、慌てずに」
 波場の呼びかけに応じて、お客様たちが移動をはじめた。
 宴会場への案内を務めながら細田は、天気予報を思い返していた。ところにより一時雨、という一文もおぼえているが、「ところ」が御花直撃を示すとは予測しなかったし、雷に至っては天気予報で言及されていなかったはずだ。しかしいまや雨音は、館内でも聞き取れるほど激しくなっている。
「こちらです、こちらのドアからお入りください」
 階段をあがったところから宴会場の扉へと人の流れを促しつつ、細田はお客様の顔に疲れが浮かびはじめているのを見てとった。怪我人がいないことは真っ先に確認した。雨で足を滑らせたり、避難時に誰かとぶつかって転んだり、そうした事態も十分にありえる。全員が無傷なのは不幸中の幸いだが、それで良しとはできない。自分たちの目指すサービスには、程遠いからだ。
 大半のお客様が「元禄の間」に入り、椅子に腰掛けて落ち着きを取り戻していく様子を見届けたのちに、細田は千鶴社長に電話をかけた。外の会議に出ていた社長は御花の状況を知らなかったらしく、自分の独断で二階を開放しましたと報告すると、ありがとう、ありがとう、と繰り返された。
「それでいいよ、さすが細田さん。あとなにかできそうなことあったらどんどん進めていいからね。わたしも急いで戻るし、多分、三十分くらいで」
「慌てられなくて結構です。こちらでできることはやっておきますから」
「お願い。ほんと、皆さまの安全を最優先して」
 細田は必要なスタッフに声をかけ、やるべきことを伝えた。芝生ガーデンに貴重品の置き忘れなどないか、着替えを必要とされている方はいないか。確認すべき事項があとからあとから湧いてきた。
 波場が駆け寄ってきて「ちょっといいですか」と言った。
「武将隊の方々がステージを使えないかっておっしゃってるんですけど」
「ステージ? あの方たちには控室を使っていただいて構わないんだが」
「そうじゃなくて、さっき演舞の途中だったんですよ、武将隊の。その続きをですね、ここでできないかって」
 できる。ほとんど計算もせず細田は結論を出した。「元禄の間」でイベント事を実施するのは珍しくない。音響や照明の細かな調整までは無理だろうが、舞台を作って音楽を流し、マイクを使うくらいなら。それに、なんといっても、とつぜんの出来事に誰もがまだ戸惑いを拭いきれずにいる。
 たかが雨だ。
 たかが雷だ。
 多くのお客様が、このハプニングをそんなふうに受け入れようとしてくださっているのはわかるが、この手の出来事を軽く見積もるのは、まちがっている。
 御花のお祭りにお越しいただくということは、楽しんでいただくことにほかならない。小雨なら、あとには虹でもかかって美しい記憶にだってなってくれたかもしれない。でも今日は違う。雨は本降り、雷鳴は激烈だ。思いがけない天災で建物に追い詰められた。そんな思い出になってしまえば、楽しかった時間までひっくり返されてしまう。
 だからいま、やるべきことは、安心していただくだけでなく、あらためて、楽しんでいただくこと。
 今日という日の思い出が忌々しいところへ流れていってしまわぬよう、防波堤を構えることだ。
「波場くん、こちらからお願いにあがろう」
「え? だれに?」
 細田は手短に答えた。
「武将たちにだよ」

    「皆さま、お二階へどうぞ。宴会場を開放いたしますので、そちらでおくつろぎください。お二階へ、こちらの階段からどうぞ。椅子はじゅうぶんにございますから、慌てずに」
 波場の呼びかけに応じて、お客様たちが移動をはじめた。
 宴会場への案内を務めながら細田は、天気予報を思い返していた。ところにより一時雨、という一文もおぼえているが、「ところ」が御花直撃を示すとは予測しなかったし、雷に至っては天気予報で言及されていなかったはずだ。しかしいまや雨音は、館内でも聞き取れるほど激しくなっている。
「こちらです、こちらのドアからお入りください」
 階段をあがったところから宴会場の扉へと人の流れを促しつつ、細田はお客様の顔に疲れが浮かびはじめているのを見てとった。怪我人がいないことは真っ先に確認した。雨で足を滑らせたり、避難時に誰かとぶつかって転んだり、そうした事態も十分にありえる。全員が無傷なのは不幸中の幸いだが、それで良しとはできない。自分たちの目指すサービスには、程遠いからだ。
 大半のお客様が「元禄の間」に入り、椅子に腰掛けて落ち着きを取り戻していく様子を見届けたのちに、細田は千鶴社長に電話をかけた。外の会議に出ていた社長は御花の状況を知らなかったらしく、自分の独断で二階を開放しましたと報告すると、ありがとう、ありがとう、と繰り返された。
「それでいいよ、さすが細田さん。あとなにかできそうなことあったらどんどん進めていいからね。わたしも急いで戻るし、多分、三十分くらいで」
「慌てられなくて結構です。こちらでできることはやっておきますから」
「お願い。ほんと、皆さまの安全を最優先して」
 細田は必要なスタッフに声をかけ、やるべきことを伝えた。芝生ガーデンに貴重品の置き忘れなどないか、着替えを必要とされている方はいないか。確認すべき事項があとからあとから湧いてきた。
 波場が駆け寄ってきて「ちょっといいですか」と言った。
「武将隊の方々がステージを使えないかっておっしゃってるんですけど」
「ステージ? あの方たちには控室を使っていただいて構わないんだが」
「そうじゃなくて、さっき演舞の途中だったんですよ、武将隊の。その続きをですね、ここでできないかって」
 できる。ほとんど計算もせず細田は結論を出した。「元禄の間」でイベント事を実施するのは珍しくない。音響や照明の細かな調整までは無理だろうが、舞台を作って音楽を流し、マイクを使うくらいなら。それに、なんといっても、とつぜんの出来事に誰もがまだ戸惑いを拭いきれずにいる。
 たかが雨だ。
 たかが雷だ。
 多くのお客様が、このハプニングをそんなふうに受け入れようとしてくださっているのはわかるが、この手の出来事を軽く見積もるのは、まちがっている。
 御花のお祭りにお越しいただくということは、楽しんでいただくことにほかならない。小雨なら、あとには虹でもかかって美しい記憶にだってなってくれたかもしれない。でも今日は違う。雨は本降り、雷鳴は激烈だ。思いがけない天災で建物に追い詰められた。そんな思い出になってしまえば、楽しかった時間までひっくり返されてしまう。
 だからいま、やるべきことは、安心していただくだけでなく、あらためて、楽しんでいただくこと。
 今日という日の思い出が忌々しいところへ流れていってしまわぬよう、防波堤を構えることだ。
「波場くん、こちらからお願いにあがろう」
「え? だれに?」
 細田は手短に答えた。
「武将たちにだよ」