太陽が傾くにしたがって、北の空に灰色の雲が集まりはじめた。御花上空にも幾筋か雲が流れてきたが、人々の目と心は水上ステージへ注がれていた。
 午後六時をまわり、ステージに武将たちが登場した。加藤清正をはじめとする有名武将に扮した七名のメンバーが自己紹介を行っていく。
「これから我々の華麗なる演舞を披露したいと考えておるのだが」と武将のひとりである忠興がマイクを通して語った。
「その前にひとつ、注意事項を申し伝えておく。伝え聞くところによると、このあと、この御花にもにわか雨が降るかもしれぬということだ」
 忠興のあとを受け、宗茂がマイクを構えた。
「我々のように心身ともに鍛えておるサムライであれば雨など恐るるに足らんのだが、しかし本日は老若男女が集うておる。風邪などひいては、せっかくの夏休みも楽しめなくなるゆえな。雨が降りだしたならば遠慮なく建物の中へ避難するのだぞ。近年は、ゲリラ豪雨、などという不届き者もおるらしいゆえな」
 おう、おう、と武将たちがうなずきあい、では、という一声で七名の武将は定位置に移動し、客席に背を向けて足を広げた姿勢でカウントをはじめた。
 アップテンポの音楽にあわせて、重たげな衣装をまとっているとは思えない躍動感を見せつけながら、彼らは舞い踊った。さながらアイドルグループのようで、芝生ガーデンでおしゃべりや食事を楽しんでいた人々も、自然と目を引きつけられていた。

    「あの人たち、すごくいい人たちなんだよ」
 池の間近で武将たちを撮影する父の後ろに立って、藤野は母に教えた。
「前にね、御花のレストランで共同開発のメニューを出したときも、すごく協力的で」
「ああ、それね。優実の書いてるブログで読んだ」
「そうなの?」
 パソコンやインターネットなど苦手だと避けて暮らす母から「ブログ」なんて単語が出てくるとは思いもよらなかった。
「お父さんがいつも教えてくれるの。優実が書いてるぞって。写真の整理にしかパソコン、使ってなかったのにね」
「へえ、そうなんだ」
 平然と答えたつもりだったが、藤野の口元は明らかにゆるんでいた。
「今回の招待も、どれだけよろこんでたか」
 カメラを構える父の背中は、自分の知っているそれよりずいぶん小さく、離れて過ごした時間の長さを藤野はそこに見出していた。たまの帰省で両親と再会すると、広島と柳川とで時間の流れがずれているんじゃないかと疑いたくなる。両親が一年を生きるあいだに、自分にはせいぜい二、三ヵ月しか経っていない感じだ。
 藤野も首からさげていたミラーレス一眼をかまえて、水上ステージを背景に、父の背中を撮影した。
 未来のいつか、同じ場所で、同じ構図で、父をまた写真におさめることができるだろうか。
 その問いかけは、否定的な答えに向かっていた。
 もう二度と、親子三人でここに立つこともないのかもしれない。父も、母も、歳をとった。まだまだ元気だけれど、それだって永遠じゃない。この建物や、この土地ほどに、人は長くは生きられない。
 カメラのモードを切り替えて、撮影したばかりの父の背中をモニターに表示させた。
 いつか、その写真を懐かしく見返す日に、この感情もいっしょに蘇るといいな。
 真夏の午後の、柳川市にある御花という職場へ両親を招いて、自分の働く場所を案内してまわった。ここでちゃんと働いて、ちゃんと生きているんだと、伝えることができた。
 それって、ものすごくしあわせなことだ。

     太陽が傾くにしたがって、北の空に灰色の雲が集まりはじめた。御花上空にも幾筋か雲が流れてきたが、人々の目と心は水上ステージへ注がれていた。
 午後六時をまわり、ステージに武将たちが登場した。加藤清正をはじめとする有名武将に扮した七名のメンバーが自己紹介を行っていく。
「これから我々の華麗なる演舞を披露したいと考えておるのだが」と武将のひとりである忠興がマイクを通して語った。
「その前にひとつ、注意事項を申し伝えておく。伝え聞くところによると、このあと、この御花にもにわか雨が降るかもしれぬということだ」
 忠興のあとを受け、宗茂がマイクを構えた。
「我々のように心身ともに鍛えておるサムライであれば雨など恐るるに足らんのだが、しかし本日は老若男女が集うておる。風邪などひいては、せっかくの夏休みも楽しめなくなるゆえな。雨が降りだしたならば遠慮なく建物の中へ避難するのだぞ。近年は、ゲリラ豪雨、などという不届き者もおるらしいゆえな」
 おう、おう、と武将たちがうなずきあい、では、という一声で七名の武将は定位置に移動し、客席に背を向けて足を広げた姿勢でカウントをはじめた。
 アップテンポの音楽にあわせて、重たげな衣装をまとっているとは思えない躍動感を見せつけながら、彼らは舞い踊った。さながらアイドルグループのようで、芝生ガーデンでおしゃべりや食事を楽しんでいた人々も、自然と目を引きつけられていた。

    「あの人たち、すごくいい人たちなんだよ」
 池の間近で武将たちを撮影する父の後ろに立って、藤野は母に教えた。
「前にね、御花のレストランで共同開発のメニューを出したときも、すごく協力的で」
「ああ、それね。優実の書いてるブログで読んだ」
「そうなの?」
 パソコンやインターネットなど苦手だと避けて暮らす母から「ブログ」なんて単語が出てくるとは思いもよらなかった。
「お父さんがいつも教えてくれるの。優実が書いてるぞって。写真の整理にしかパソコン、使ってなかったのにね」
「へえ、そうなんだ」
 平然と答えたつもりだったが、藤野の口元は明らかにゆるんでいた。
「今回の招待も、どれだけよろこんでたか」
 カメラを構える父の背中は、自分の知っているそれよりずいぶん小さく、離れて過ごした時間の長さを藤野はそこに見出していた。たまの帰省で両親と再会すると、広島と柳川とで時間の流れがずれているんじゃないかと疑いたくなる。両親が一年を生きるあいだに、自分にはせいぜい二、三ヵ月しか経っていない感じだ。
 藤野も首からさげていたミラーレス一眼をかまえて、水上ステージを背景に、父の背中を撮影した。
 未来のいつか、同じ場所で、同じ構図で、父をまた写真におさめることができるだろうか。
 その問いかけは、否定的な答えに向かっていた。
 もう二度と、親子三人でここに立つこともないのかもしれない。父も、母も、歳をとった。まだまだ元気だけれど、それだって永遠じゃない。この建物や、この土地ほどに、人は長くは生きられない。
 カメラのモードを切り替えて、撮影したばかりの父の背中をモニターに表示させた。
 いつか、その写真を懐かしく見返す日に、この感情もいっしょに蘇るといいな。
 真夏の午後の、柳川市にある御花という職場へ両親を招いて、自分の働く場所を案内してまわった。ここでちゃんと働いて、ちゃんと生きているんだと、伝えることができた。
 それって、ものすごくしあわせなことだ。