インターバル02 二度目の修学旅行

 二十年も前のことが、鮮明に蘇るのは、魔法だろうか。
 洋館の片隅で、千佳子はそんなことを思う。
 修学旅行から帰った翌日、恵里菜はさっそく現像した写真をアルバムに入れて持ってきた。「超イイ写真撮れた!」と叫びながら。「ほんとだ、すごくいい」と千佳子は素直に褒めた。当時からクールだった梢恵は「あ、いいね」とだけ述べた。
 同じ場所に、また三人で来ることになるとは、思いもよらなかった。
 いや、高校時代にアラフォーの自分たちを想像するなんて、誰にもできないだろう(アラフォーなんて言葉も当時は存在しなかった)。

 短大卒業後、すぐに結婚した恵里菜は、かわいらしい女の子を生んだ。その子ももう高校生だという。
「やばいよね」と恵里菜は娘譲りのイントネーションでしゃべる。自分より若い人物との交流がない千佳子には、耳慣れない言い回しだ。
「えー、でもうちの娘そればっかりよ。良いも悪いもやばいやばいって」
「うちの若手もそうだね」と大企業に勤める梢恵も同意する。「でも恵里菜は感化されすぎ。そういえば『超』って言い回しを率先して使いはじめたのも恵里菜だったよね」
「え、そうだっけ? やばいね、わたし」
 住む場所がばらばらになった三人だが、交流は途切れることがなく、恵里菜の娘が海外研修という名目の修学旅行に出かけると聞いて「お母さん業休めるなら、ひさしぶりにわたしたちも会おうか」と誘ったのは千佳子だった。
「大人の修学旅行」と銘打ち、高校時代と同じコースをまわらないかと提案したのは梢恵だった。
 秋の深まるころ、羽田空港で集合した三人は搭乗前にビールで乾杯した。
「やばいね、大人、最高」と恵里菜がジョッキを掲げた。
 そろそろ搭乗、というときに、これと同じ構図で写真撮ろうよ、と恵里菜がふたりにスマホを見せた。高校の修学旅行で撮影したその一枚には、御花の洋館の一角に並んで立つ三人が写っており、恵里菜は自宅のアルバムをスマホで撮影してきていた。
 福岡空港に到着し、太宰府に行った。高校時代には一日目に別のところも訪ねていたが、「無理、体力もたない」という意見は三人の一致するところで、太宰府から博多のホテルへ戻った。
「前に泊まったホテルはなくなってた」と梢恵が説明した。いいよ、そこまでいっしょにしなくても、と千佳子は梢恵をねぎらった。チェックインを済ませた三人は夜の博多を楽しんだ。バーで飲みながら、二十年、というワードが何度も出た。
「旅程を決めてるときさ、けっこういろいろ変わったんだなって思ったんだけど」と梢恵がカクテルをかたむけながら語る。「出張で何度か福岡も来てるけどさ、ふたりと一緒だと、なんか、時間なんかぜんぜん過ぎてない気がする」
「なにそれ」と酔いのまわりだした恵里菜が梢恵を諭した。「ダメよ、自分は若いなんか思ったら」
「あんたがいちばん若いよ」梢恵がさらりと返す。すると恵里菜は「へへー」と笑ってカウンターに額をつけた。
「わたし、福岡はあのとき以来だけど」千佳子は言葉を探るように話す。「梢恵のいうこと、わかる」
「うん、ありがとう」
 ふたりで恵里菜の肩を抱き、ホテルの部屋に戻ってから、千佳子は転送してもらった古い写真を見た。

 翌日、三人は電車で柳川に向かった。風景がかつてのままだといって、恵里菜がまた「やばい」と言った。
「タイムスリップしたんじゃない?」
「それ言い過ぎ」と梢恵が諭す。
「でも、わかる」と千佳子がささやく。
 変わるものと変わらないものが混在しているのは、不思議だ、と千佳子は思う。

 洋館に入るや、恵里菜は女性スタッフを捕まえて「ここ、どこですか」とスマホの中の古い写真を見せた。
「ご案内いたします」と女性スタッフは先に歩き始めた。
 階段をのぼりながら、「さきほどのお写真、皆さんですか?」とスタッフは聞いた。高校の修学旅行のときのものだと恵里菜が答えると、スタッフは目を輝かせながら「おかえりなさいませ」と微笑んだ。
 案内されたのは、二階の一室だった。スタッフを含めた四人で一台のスマホを覗きこみ、立ち位置と構図を確認した。千佳子が持参したデジタル一眼をスタッフが構えて、はい、いきますよ、と声がかかる。
「ね、どんな表情だったっけ?」と恵里菜が聞く。
「笑顔よ、笑顔」と梢恵が指示するように答える。
「笑顔笑顔」と千佳子が繰り返す。
 はい、チーズ、とスタッフが言う。何度かシャッターがきられていくなか、千佳子は思い出す。
「超イイ写真撮れた!」
 満面の笑顔で学校にアルバムを持ってきた恵里菜のことを。しかし、あのときは誰がシャッターを押してくれたのだったか、それは思い出せない。高校生だった恵里菜のカメラは、フィルム付きの使い捨てタイプだった。バンバン撮るよ、と、同じ使い捨てカメラを5つもバッグに入れてきていたことは、ありありと思い出せた。
 ああ、すごいな。千佳子は不意に、胸を打たれる。
 ここ、この場所には、たくさんの思い出が生きてるんだ。こんなふうに戻ってきて、懐かしい思い出と重ねながら、また新しい思い出を生み出して。本当に、あのときのわたしたちが、いまもここにいるのかもしれない。
 これは。これは、魔法だろうか。

「こちらで、大丈夫ですか?」
 女性スタッフがカメラを渡してくれ、千佳子は撮れたての一枚を画面に表示させる。隣ではもう恵里菜がスマホに古い写真を表示させて待っている。
「やだ、すごい、完璧一緒じゃない? 制服持ってくればよかった!」と恵里菜。
「コスプレ?」呆れ半分で千佳子が尋ねる。
 遅れて画面を見た梢恵がつぶやいた。
「わ、やばい」
 クールな友人の思いがけない発言に、千佳子と恵里菜はぽかんと口を開け、それから三人で大笑いした。

作:中山 智幸
※この物語はフィクションです。

ずっとここにある 高宗千鶴

登場人物一覧はこちら

第四話
春のキャッチボール
第五話
思い出の
生まれるところ
第六話
正直な味

実在の人物・出来事によく似ていますが、この物語はフィクションであり、人物名はすべて架空のものです。
ただし、御花を愛する心と、お越しいただく皆様への思いは、現実と変わりありません。

実在の人物・出来事によく似ていますが、この物語はフィクションであり、人物名はすべて架空のものです。ただし、御花を愛する心と、お越しいただく皆様への思いは、現実と変わりありません。

 二十年も前のことが、鮮明に蘇るのは、魔法だろうか。
 洋館の片隅で、千佳子はそんなことを思う。
 修学旅行から帰った翌日、恵里菜はさっそく現像した写真をアルバムに入れて持ってきた。「超イイ写真撮れた!」と叫びながら。「ほんとだ、すごくいい」と千佳子は素直に褒めた。当時からクールだった梢恵は「あ、いいね」とだけ述べた。
 同じ場所に、また三人で来ることになるとは、思いもよらなかった。
 いや、高校時代にアラフォーの自分たちを想像するなんて、誰にもできないだろう(アラフォーなんて言葉も当時は存在しなかった)。

 短大卒業後、すぐに結婚した恵里菜は、かわいらしい女の子を生んだ。その子ももう高校生だという。
「やばいよね」と恵里菜は娘譲りのイントネーションでしゃべる。自分より若い人物との交流がない千佳子には、耳慣れない言い回しだ。
「えー、でもうちの娘そればっかりよ。良いも悪いもやばいやばいって」
「うちの若手もそうだね」と大企業に勤める梢恵も同意する。「でも恵里菜は感化されすぎ。そういえば『超』って言い回しを率先して使いはじめたのも恵里菜だったよね」
「え、そうだっけ? やばいね、わたし」
 住む場所がばらばらになった三人だが、交流は途切れることがなく、恵里菜の娘が海外研修という名目の修学旅行に出かけると聞いて「お母さん業休めるなら、ひさしぶりにわたしたちも会おうか」と誘ったのは千佳子だった。
「大人の修学旅行」と銘打ち、高校時代と同じコースをまわらないかと提案したのは梢恵だった。
 秋の深まるころ、羽田空港で集合した三人は搭乗前にビールで乾杯した。
「やばいね、大人、最高」と恵里菜がジョッキを掲げた。
 そろそろ搭乗、というときに、これと同じ構図で写真撮ろうよ、と恵里菜がふたりにスマホを見せた。高校の修学旅行で撮影したその一枚には、御花の洋館の一角に並んで立つ三人が写っており、恵里菜は自宅のアルバムをスマホで撮影してきていた。
 福岡空港に到着し、太宰府に行った。高校時代には一日目に別のところも訪ねていたが、「無理、体力もたない」という意見は三人の一致するところで、太宰府から博多のホテルへ戻った。
「前に泊まったホテルはなくなってた」と梢恵が説明した。いいよ、そこまでいっしょにしなくても、と千佳子は梢恵をねぎらった。チェックインを済ませた三人は夜の博多を楽しんだ。バーで飲みながら、二十年、というワードが何度も出た。
「旅程を決めてるときさ、けっこういろいろ変わったんだなって思ったんだけど」と梢恵がカクテルをかたむけながら語る。「出張で何度か福岡も来てるけどさ、ふたりと一緒だと、なんか、時間なんかぜんぜん過ぎてない気がする」
「なにそれ」と酔いのまわりだした恵里菜が梢恵を諭した。「ダメよ、自分は若いなんか思ったら」
「あんたがいちばん若いよ」梢恵がさらりと返す。すると恵里菜は「へへー」と笑ってカウンターに額をつけた。
「わたし、福岡はあのとき以来だけど」千佳子は言葉を探るように話す。「梢恵のいうこと、わかる」
「うん、ありがとう」
 ふたりで恵里菜の肩を抱き、ホテルの部屋に戻ってから、千佳子は転送してもらった古い写真を見た。

 翌日、三人は電車で柳川に向かった。風景がかつてのままだといって、恵里菜がまた「やばい」と言った。
「タイムスリップしたんじゃない?」
「それ言い過ぎ」と梢恵が諭す。
「でも、わかる」と千佳子がささやく。
 変わるものと変わらないものが混在しているのは、不思議だ、と千佳子は思う。

 洋館に入るや、恵里菜は女性スタッフを捕まえて「ここ、どこですか」とスマホの中の古い写真を見せた。
「ご案内いたします」と女性スタッフは先に歩き始めた。
 階段をのぼりながら、「さきほどのお写真、皆さんですか?」とスタッフは聞いた。高校の修学旅行のときのものだと恵里菜が答えると、スタッフは目を輝かせながら「おかえりなさいませ」と微笑んだ。
 案内されたのは、二階の一室だった。スタッフを含めた四人で一台のスマホを覗きこみ、立ち位置と構図を確認した。千佳子が持参したデジタル一眼をスタッフが構えて、はい、いきますよ、と声がかかる。
「ね、どんな表情だったっけ?」と恵里菜が聞く。
「笑顔よ、笑顔」と梢恵が指示するように答える。
「笑顔笑顔」と千佳子が繰り返す。
 はい、チーズ、とスタッフが言う。何度かシャッターがきられていくなか、千佳子は思い出す。
「超イイ写真撮れた!」
 満面の笑顔で学校にアルバムを持ってきた恵里菜のことを。しかし、あのときは誰がシャッターを押してくれたのだったか、それは思い出せない。高校生だった恵里菜のカメラは、フィルム付きの使い捨てタイプだった。バンバン撮るよ、と、同じ使い捨てカメラを5つもバッグに入れてきていたことは、ありありと思い出せた。
 ああ、すごいな。千佳子は不意に、胸を打たれる。
 ここ、この場所には、たくさんの思い出が生きてるんだ。こんなふうに戻ってきて、懐かしい思い出と重ねながら、また新しい思い出を生み出して。本当に、あのときのわたしたちが、いまもここにいるのかもしれない。
 これは。これは、魔法だろうか。

「こちらで、大丈夫ですか?」
 女性スタッフがカメラを渡してくれ、千佳子は撮れたての一枚を画面に表示させる。隣ではもう恵里菜がスマホに古い写真を表示させて待っている。
「やだ、すごい、完璧一緒じゃない? 制服持ってくればよかった!」と恵里菜。
「コスプレ?」呆れ半分で千佳子が尋ねる。
 遅れて画面を見た梢恵がつぶやいた。
「わ、やばい」
 クールな友人の思いがけない発言に、千佳子と恵里菜はぽかんと口を開け、それから三人で大笑いした。

作:中山 智幸
※この物語はフィクションです。

ずっとここにある 高宗千鶴

登場人物一覧はこちら

第四話
春のキャッチボール
第五話
思い出の
生まれるところ
第六話
正直な味

実在の人物・出来事によく似ていますが、この物語はフィクションであり、人物名はすべて架空のものです。
ただし、御花を愛する心と、お越しいただく皆様への思いは、現実と変わりありません。

実在の人物・出来事によく似ていますが、この物語はフィクションであり、人物名はすべて架空のものです。ただし、御花を愛する心と、お越しいただく皆様への思いは、現実と変わりありません。